怪しい素性
直人、答えて。
どうして何も言わないの?
迷う必要ある?
私負けないって言ったよ!
私のこと、信じてよ!
「無理だよ、ごめん。彼女のこと愛してるんだ。裏切れない。それだけはできない…」
ブワって涙が溢れる。
直人に信じて貰えた嬉しさと、私を想ってくれている愛に。
ポロポロ零れる涙を指で拭ってくれる啓司。
哲也、哲也って私に言うくせに、こんなにも優しい顔ずるい。
ホッとした次の瞬間、早瀬の言葉に耳を疑ったんだ。
「じゃあ教えてあげる。直人が騙されてるって、あの女に…」
急に態度を変えた早瀬。
ドクンっと心臓が大きく脈打った。
「だって素性が出てこないんだもの。怪しいわよ、あれ。何か意図が合って直人にわざと近づいたんだと思う」
「馬鹿言うな、彼女はそんな得体のしれない子じゃない」
「本当なの!探偵でもおさえられないんだもの、おかしいでしょ、そんなの。普通の家庭に生まれて普通の家庭で育ったっていうならプロが調べられないわけないわ。だからきっと間違いない。絶対目的があって直人に近づいたのよ」
やっぱり探偵雇ってたんだ、この人。
「紀の言うこと俺が信じると思う?」
「黒沢探偵事務所って闇で動いてる事務所があるの。そこの人間かもしれない。そこ相手だと、探偵業界も絶対手が出せない領域だって言ってて…。見てこれ…これそこの頭のキレるテツヤって男らしくて。隣にいるの直人がよく知る子…そうでしょ?」
「…ユヅキ、ちゃん?」
ドクンと胸が脈打つ。
後ろを振り向けない私はただ啓司を見ているしかできなくて。
啓司だってジロジロ見てたら疑われるから、私と話してるフリしながらも視線をほんのり動かしている。
「それが本当だったとしても、それでも俺、彼女以外は無理だ。彼女のことは俺と彼女の問題だから紀が入ってくる場所じゃない。とにかく約束しろ、俺達に二度と近づかないと!今ここで約束しろよ」
低い声だった。
こんな声色直人でも出せるんだってぐらい、不気味な声だった。
私の前ではとてもじゃないけど、考えられないようなドスのきいた低い声。
「嫌よ。そんな約束しない。私と寝てくれるなら約束するけど!」
「……無理だ」
「じゃあ私も無理よ」
ハアッて小さな溜息。
直人が困ってる。
そんな直人にうって変わる私達の明るい話し声。
声や話し方を変えるのはお手の物で、残念なことに直人も気づいてはくれない。
不意にカタンと席を立つ音がして。
啓司がグッと私の手を握る。
私達の横を通り抜けて行く直人と早瀬。
何も言わずに店を出て行った。
だから電話がかかってきたフリをして「あ、ついた?んじゃ行くわ!」啓司が私を立たせる。
直人と早瀬がタクシーに乗ろうとしているのが見えて。
思わず叫んだんだ。
「やだ直人っ!」