呼び捨て


「今夜、早瀬さんと話すから、待ってて」




そう言って今朝ほど直人が家まで送ってくれた。

車のドアについた痛々しい傷を見て小さく溜息をつく。

アジトとは別のマンションを借りてそこを私の家にした。




「危険があったら困るからユヅキちゃんは来ないでな」




そう言われたけど、気になって何も手につかない。

シェアハウスで待っている時間は長くて退屈。

でも事務所に行く気にはなれなくて…




「ただいまー」




声に顔をあげると啓司がだるそうに帰ってきた。





「あ、お帰り…」

「ひでぇ顔だな、おい」

「…なによ」

「なんだよ?悩みかよ?お前には似合わねぇーっつーの」




分かってるもん、馬鹿みたいって。

自分でも分かってる。

でもそれでもどうしようもないのが恋ってものでしょ?

私だってこんなことでそわそわしたくないよ。

だけど思う―――――恋にプライドは必要ない…

プライドは捨てられるんじゃないかって。





「啓司お願い、一緒に来て…」




大きな背中に後ろから抱きつくと、そっとそこに手が重なる。

振り向いた啓司の目が私を見下ろしていて。




「わーったよ、ほら行くぞ」




私に金髪のカツラとキャップを被せると、アウターを羽織らされてアメカジファッションで外に出た。


家では会わない…――そう言った直人だから、きっとどこかのお店の中で会うはず。

でも何も言わずに啓司に連れて来られたその店の奥に直人と早瀬の姿が見えた。

たった今来た、そんな感じの二人。

反対側に背中を向けて座る私と啓司。

店員さんにジュースを頼んだ。





「頼むからやめてくれないか?」

「何をよ?」

「嫌がらせだよ、彼女に…」

「…なんのこと?」

「とぼけても調べはついてる。これ以上俺に関わるな、紀(ノリ)…」




え?

…ノリ?

なんかショック。

そんな風に呼ぶ中だったってこと?

もしかして、付き合ってたの?本当に…―――


フワリと啓司の指が頬を掠める。

なにも言わないけど、心配そうに私を見ていて。




「結婚したいんだ、彼女と。お前じゃなくて、彼女との未来を見ている。もう解放してくれよ、俺のこと…中森さんだけで十分だ、あんな思い…」

「どうして私じゃダメなの?私以上に直人を想ってる女なんていないよ…」




スンスンって泣き声。

そんなことに直人は負けない。





「紀、ごめん。もう紀の面倒は見れない。これ以上何かするなら、警察に突き出すぞ」

「どうしてよ…」

「頼むよ、紀。これ以上失望させるな…。昔の紀に戻ってくれよ…」




直人の声が震えている。

悔しいな…

私の知らない過去の直人を知っているあの女が羨ましい…




「分かったわ。でも一つだけお願いがある…」

「…ん?」

「私と寝て…。そしたらちゃんと諦めるから。もう二度と彼女にも直人にも付き纏わないって誓う」




え、待って!!

そんなの無理、絶対イヤ!!!

私の顔色を読んだのか、啓司がグっと腕を握り締めた。

小さく首を横に振っている。




「ダメだ。黙ってろ」




それから小さくそう言う。


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