線引き
お店の前でキスをして、直人はそのまま私を自分の部屋まで連れてった。
でも……―――――
部屋に入る寸前…
「直人さん携帯鳴ってますよ?」
「…うん」
しぶしぶスーツのジャケットにしまったスマホを出す。
画面を見て「やっぱり」って顔で小さな溜息。
忘れちゃいけない。
私はこの女と直人を別れさせるのが仕事。
女がいるのに私に想いを告げた直人の心の中は単純に腹黒なのか、それとも別の感情なのか私には残念ながら分からない。
「出て下さい!」
そう言うとほんの少し面倒くさそうな顔で「ごめん」ポンっと私の頭を撫でて少し距離をとった。
「はい……まだ仕事。……しばらく忙しい。……悪いな。……じゃあ」
結構冷たいんだ、直人。
気持ちが冷めたらそうやって女は捨てられるんだろうか?
私の周りにいる男達も、いつか気持ちが冷めたら私にあーいう態度を取る?
私でさえ直人に飽きられたらあーやって適当に扱われる?
妙に冷静だった。
ハニートラップは、仕事とプライベートの一線を引かないとダメになる。
毎晩そうやって哲也に言いくるめられてきた。
それが今活かされてる気がした。
【ユヅキ、今夜は帰っておいで。簡単にヤラせんな】
ピアスから聞こえた哲也の声に私は小さく「うん」頷いた。
スマホを閉まって私に視線を戻す直人は少し迷ったような表情で。
女のこと私に言う?
それとも隠す?
「ごめんね」
「いえ。…彼女ですか?」
言えないなら私が聞いてあげる。
私の言葉に目を大きく見開いて吃驚する。
「彼女じゃない…腐れ縁なんだ…」
「そう、ですか…」
「ユヅキちゃん?信じて、本当に彼女じゃない!俺はユヅキちゃんしか見てない…」
言い訳すると男は必死になるんだ。
私はニッコリ笑って「信じます」元気よく答えた。
私の言葉にホッとした直人の顔。
「よかった」
「でも今夜は帰ります。だからもうちょっとキスして…」
「…分かった」
怒るでもなく、残念そうでもなく、私の気持ちを優先してくれたような直人は、私を送りながら人気の無い小さな公園で何度も何度もキスをしてくれた。
やっぱり直人に触れられると気持ちがあがる。
幸せな気分になれる。
仕事とプライベートの狭間…自分の中にある矛盾を押し殺して直人と別れた。