動き出した感情


あがりの時間になって奥のスタッフルームに引っ込んだ。

吃驚するくらい心臓がバクバクしている。



「てっちゃん…」

「んー?」

「あの…」



なんて言えばいい?

これはあくまでミッション。

でも直人と出会って分かったことがある。

これは私の感情だ。



「不安?」

「…分かんない」



どうしてか泣きそうになる。

鼻の奥が痛くてジワジワとこみ上げる涙。

哲也の手が私をふわりと抱き寄せる。

いつもの温もりにホッとした。

この温もりを当たり前に感じていたけど、本当は当たり前なんかじゃないのかもしれないと。

直人と出会ったことで、私の中に初めての感情が生まれたなんて。



「ユヅキ…アキラがユヅキを信じてる。お前ならできるって。アキラを裏切るなよ…」



ポンポンって、言ってることとは裏腹な優しい手の温もり。

ギュッとその温もりに身体を預ける。



「できる…」

「片岡直人を本気で落としてこい」

「はい」

「夜でも朝でも俺が迎えに行くから」

「うん」



どうして優しいの?

哲也は、私のことどう思ってるの?


聞けない質問は1人で抱え込むしかない。





「直人さん」



私がお店から出ると煙草を灰皿で消してニッコリ微笑む。



「最初に言わせて」

「…え」

「初めは胃袋!ユヅキちゃんの手料理サンドイッチ以外もぶっちゃけすげぇ食いたい!けど今はココ」



トンっと心臓を軽く拳で叩く。

真っ直ぐに見つめる瞳の奥にほんのり揺れるものが見え隠れしているのは気のせいだろうか。



「夢に向かって頑張ってるユヅキちゃんを俺が傍で守ってやりたいって今は思ってる。俺ユヅキちゃんよりずっとオッサンだし10歳以上歳が離れてるのに大丈夫?って自分の気持ちを疑ったけど、毎日ユヅキちゃんに逢う度に気持ちが募ってって、今この瞬間も一秒前より好きになってるの…。こんな俺だけど、ユヅキちゃんのこと守らせてほしい…」



誰かに想いを伝えられたのは初めて。

家族以外で真剣に人に想われたのは初めてだった。

喉の奥からこみ上げる涙が自然と頬を伝う。

恋は苦しいものなのかもしれない。

気持ちが大きければ大きいほど、恋は苦しいものなんだって。



「直人さん…」

「ユヅキちゃん…」

「…なお…と」



一歩私に近づく直人。

頭を優しく撫でる手がそっと頬に降りてくる。



「ユヅキ…」



目を閉じても頭の中に直人がいる。

どんな顔してキスするの?

パチって目を開くと薄目の直人が固まるように止まった。



「え、ユヅキちゃん…」

「あ、ごめんなさいっ。直人さんどんな顔してキスするのか気になって…」

「…照れるから。目閉じて、慣れたら目開けていいから」

「うん」

「好きだよ」

「私も…」



哲也、哲也。

キスってちょっと幸せな気分になるって、知ってた?


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