大事な人


なんだろ、この空気…。


「直人さ…
「ユヅキちゃん」


私達の声が被って…というか、私に被せるように直人が呼んだ。

視線を移す直人は複雑な顔で…


【ユヅキ、聞こえる?聞こえたら髪に手当てて】


不意にピアスの中にあるイヤフォンから聞こえた哲也の声。

私はすぐに髪に手を当てた。


【啓司そっちに送った。元彼で付きまとわれてるってことにして】


哲也の声が聞こえたすぐ後、啓司らしき人物がこっちに向ってくるのが目に入った。


「ユヅキちゃんあのさ…」

「イヤ…」


私は直人の腕を掴んでその後ろに隠れるみたいにギュっと抱きついた。


「え、どした?」

「元彼が…別れたんですけど付きまとわれてて…」


私の言葉と同時、怪しいサングラスをあけたチンピラみたいな格好した啓司がチャラチャラ近づいてきた。


「電話でろよ、ユヅキ!」


そう言って直人を無視して私の腕を掴もうとしていて。

咄嗟になのか、直人が私の腕をとって自分の後ろに隠した。

ほんの一言の私の付きまとわれているって言葉を信じてくれたんだって。

啓司は直人を無視して私を取り返そうと腕を伸ばす。


「よせよ」


だからいつもより全然低い直人の声が啓司を威嚇してる。

サングラスをちょっとだけズラして直人を見下ろす啓司。


「なんだお前、どけや」

「どかねぇし。彼女に付きまとうのはやめろ。迷惑だ」

「お前に関係ねぇ。ユヅキ出てこい」


一歩後ろに下がる直人と私。

ギュッと私を握る直人の腕にも力が入る。


「やだ、触らないでタロウ!」


ブッ…って、イヤホンから哲也の笑い声が聞こえたけどとりあえず無視。

目の前の啓司さえ、ほんの一瞬はぁ?って顔になった気がしたけど、それも無視。


「タロウのそーいう所が嫌だって私言ったでしょ!もうタロウとは終わったんだからっ!これ以上しつこいと警察行くわよ」

「…お前ユヅキのなんなの?」


あえて私を無視して直人に喋らそうとしているんだって分かった。


「…ユヅキちゃんは大事な人だよ。だからこれ以上付きまとうなら俺が警察に突き出すぞ」


大事な人…。

それを聞いた啓司は「うっぜぇな。また来るからな」チッ…舌打ちをして、戻って行く。



「大丈夫?」


直人の腕にぎゅっと掴まっている私を肩越しに見下ろして小さく聞いた。


「あの、すいません…。ありがとうございます…」

「しつこいの?」

「…少し前から。でも大丈夫です!」


ニコッと笑ってみせた。

黙ったままジッと私を見つめていた直人は、一つ大きく息を吐き出すと、いつもの笑顔に戻った。


「シフト全部教えて。毎日送ってく…」

「え、でも…」

「その代わり、俺にあのサンドイッチ作っといて、プライベート用で…それが条件!」


…そんなに美味しかったの?あのサンドイッチ。


「直人さん…」


見つめる私と繋がっている手をそっと引き寄せると、ふわりと抱きしめられた。

え?

突然のことでされるがままで。


「俺が守るから…」


直人の背中に腕を回してそっと目を閉じた。


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