甘いひととき




大好きな臣。

その性格も容姿も全部が大好き。


「ンッ…」


無意識で止めてしまった息が苦しくてそっと息を吐き出す。

目の前で同じように臣も閉じていたであろう目を開けてほんの少し距離を作る。

あたしの頬を撫でる優しくて大きな臣の手に、そっと自分の手を重ねる。

そんなあたしの手首を掴んで手の平に小さなキスを落とす。


「汚いよ、あたしの手…」


拭きはしたものの土砂で汚れた手だからすっと引いた。


「汚くねぇよ。ダメ離さない…」


身体を少し竦めるとすぐに臣の腕がそれを許さなくて、またあたしの背中を引き寄せて唇を重ねる…―――――



さっきまで諦めていた自分が嘘のよう、この現実が嬉しくて…


「臣…」


名前を呼ぶとあたしを見て優しく微笑む臣がやっぱりどうにも愛おしい。

このまま時が止まればいいのに…

そんな乙女なことを思っていたんだ。



「先生こっち!!」


聞こえた声は直人くんのもので。

崖の上にはアキラ先生達。


「奈々、登坂無事か!?」


上から大声で叫ばれて「あーはい…」気まずそうに臣が答えた。


「直人いたのかよ…」


ボソっとそう呟く臣はまれに見る照れた顔で。

これが臣の照れた顔だって、ようやくあたしにも判断できるようになっていた。

思わず笑ってしまったあたしの頬を緩く抓る臣。


「笑うなよ、奈々も共犯だぞ」

「…うん。いいよ共犯でも何でも…臣と一緒なら」


あたしの言葉にハッとしたように目を逸らす臣。

痛くない臣のデコピンがあたしに命中して、続く言葉に胸がドキンっと音を立てる。


「閉じ込めんぞ俺ん中に」


…言い逃げなのか、ちょうどタイミングよくアキラ先生達が別のルートから降りてきて。


「無事でよかった、二人とも」


目を細めてそう言うと「奈々こっちこい」そう言ってあたしを抱き上げた。

俗に言うお姫様抱っこ。


「ちょっと先生、俺が運ぶって!」


慌てて臣がそう言うけど、転がった時に出来た傷から出血しているのを指差して「片岡、肩貸してやれ!」直人くんを呼んだ。


「はい」


素直に臣に肩を貸す直人くん。

さっきからずっとここにいたんだよね…

自分達の行動を思い浮かべて真っ赤になっていくのが分かる。

直人くんはニヤって笑うと、臣になのかあたしになのか言ったんだ。


「誰にも言わねぇって…」


やっぱり見てたんじゃん!!

臣と二人顔を見合わせて苦笑いを零した。



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