タイミング




いつだって強気で、ちょっとだけ意地悪な岩ちゃんのこんなにも弱々しい姿は初めてだった。

岩ちゃんがどのくらい奈々を好きでいたのかなんてわたしには分からないけど…―――奈々を見る目は間違ってないって思う。

奈々のことを、誰よりも人のことを考えている優しい子だから好きになった…ってわたしに言った岩ちゃんの気持ちに嘘はないって。

隆二がわたしと繋がっている手をギュっと強く握る。

自然とわたしの視線も隆二に向いて。


「今まで手に入らなかったことなんて正直なくて…奈々ちゃんも簡単だって最初は思ってた…。でも全然俺に興味持たなくて…。キスしても抱きしめても俺のこと男として見てないの分かってて。だからこのキャンプで少しでも近づけたら…なんて自惚れてたのかもしんねぇ…」


岩ちゃんの足が止まる。

目の前の岩ちゃんの背中が小さく揺れていて。

こういう時どうしてあげたらいい?

岩ちゃんに向けて腕を伸ばしたわたしを隆二がそっと止める。

見上げた隆二は首を振っていて。

ポンって岩ちゃんの細い肩に手を乗せた。


「奈々は臣しか見てない…。岩ちゃんも分かってるんだよな…」


隆二の言葉に顔を上げて振り向く。

ちょっと吃驚した顔で。


「やっぱ隆二も気づいてるんだ。奈々ちゃんのこと…好きだったよね?」

「………」

「カミナリ鳴ってたあの日、奈々ちゃんを抱きしめた俺を見て殴ったじゃん隆二。あの時と今の隆二…全然違うんだけど、なんで?なんでそんなすぐ変われんの!?」


教えろよ…って吐き捨てるように岩ちゃんが言った。

―――わたしの知らない出来事だった。

直人くんにキスをされた次の日のことだろうか。

わたしが学校休んだあの嵐の日のことだろうか…

だから隆二、あの日わたしのお見舞いにきてくれなかったのか…って分かってしまった。

隆二が奈々を好きだから臣が遠慮してわたしに気持ちぶつけてきているんだって。

苦しい気持ちはわたしだけじゃない。


「奈々は大事だし、大好きだよ。けど俺…今はどうしようもなくゆきみのことが好きだよ。誰にも触らせたくない…俺だけを見て欲しい…。臣も直人もゆきみの中からどうやったら消せるのか…教えて欲しいよ…」


受けとめきれない隆二の告白。

ほんの少しタイミングがずれただけなのかもしれない。

でもそのタイミングすら味方につけないと、恋はうまくいかないのかもしれない。

降りしきる雨に紛れて零れる涙を、誰にも見られたくない。



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