運命的




当たり前に隆二の顔なんて見れるわけもなく。

わたしに向かって伸びてきた隆二の腕からスッと逃げた。


「直己くん、手伝う〜」

「あ、うん。じゃあこれ洗ってくれる?」


買ってきた野菜を籠に乗せていた直己くんがすぐ側の水道を指差してそう言った。


「うん」


川釣り担当の隆二達からほんの少し離れて野菜を洗う。


「ボーっとしてる」


不意に聞こえた低い声。

トンって水道に野菜を投げ込む臣。


「臣に言われたくないよ」

「隆二に何か言われた?」


いつだって臣はわたしの気持ちに意地悪で。

ちょっとだけ悔しい。


「お嫁さんにしたいから直人くんと別れて…って…」


わたしの言葉にコロンってジャガイモを下に落とした。

視線がこっちにきているのが分かる。

真っ直ぐに前を向いているわたしのこと、臣がめちゃくちゃ見てるのが視界に入っているけど、わたしは臣の方を向きたくなくて。


「マジかよ…」


ポロっと出た臣の声は、想像以上に驚いていて、少し儚く聞こえた。

ジャガイモを拾って水に浸す臣の手の動きは物凄くゆっくりで。


「臣…」


その姿勢のまま小さく呼んだ。


「えっ?」

「初キス…だったの、直人くんが。初めてキスしたんだよわたし、直人くんと…。運命的だよね」

「え…」

「臣の運命はわたしじゃない…」

「ゆきみ…」

「直人くんが好きだよわたし…」

「…それでもいくなよ…」


掠れた臣の声と、ほんのりくっついているわたしの右半分。

熱い臣の体温に決心が揺るぎそうになる。


「俺がゆきみを貰うっつっても、いっちゃうの?」


潤んだ臣の瞳と目が合った。

見なきゃいいのに。

見なければ「そうだよ」って言えるのに、何で見ちゃったんだろう…


「奈々はどうなるの?」

「…ゆきみ…」


無言で首を振るわたしの腕をキュっと握る臣。

その力の強さにまた色んな決心が緩みそうになってしまう。

お願いだから傍に来ないで…

その一言がどうしても言えなくて。

色んな閉じ込めた想いが口から出てきちゃいそうで、グッと唇を噛み締めた。

自分のことだけで精一杯で、だから色んな人がわたし達のことを見ていたことに、全く気づくはずもなく…

それがあんなことになるなんて、思いもしなかったんだ。




…―――奈々、どうか無事でいて。

そう願うばかり。



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