悲しい矛盾




気まずい空気を一瞬で明るく変えてくれた健ちゃんは、臣の前に岩ちゃんを見張るみたいに座ってくれた。

動き出したバスはあたし達を連れて遙か山奥へと入って行く。



「次の休憩所が最後なので、トイレ休憩は必ず皆さんとってください!」


先生がそう言って、あたしはタオルを持って休憩所にバスが着くのをしばし待った。


「奈々ちゃん行くやろ?」


健ちゃんがニッコリ微笑んで聞いてくれる。


「うん!臣、おトイレここで最後だからって…」


軽く臣の腕を揺すったらすぐにパチっと目を開いた。

まるで寝てなかったみたいなそんな顔で。


「眠れた?」


あたしがそう聞くと、ジッとあたしを見つめている臣。

そのままゆっくりと臣の手があたしの頬を捕らえて…

ドキっと胸が大きく脈打った。


「眠れるかよ、奈々の横で…」

「へ?」

「便所、行くぞ」


スッと立ち上がると臣はあたしの腕を掴んでバスから降りた。

後ろで健ちゃんが笑う声が聞こえる。


「けんじろ、うるせぇ」

「嫌だって臣ちゃん、素直やから」


笑いを堪えた健ちゃんの言葉に臣がほんの少し赤い顔であたしから視線を逸らした。


「え、なに?」

「何でもねぇよ」


グっと臣があたしから見えないように背中に隠すみたいに前に立ちはだかる。

だから臣がどんな表情なのかあたしからは全く見えなくて。

臣の腕に絡みつくみたいに身体を寄せて覗き込もうとしたら「ゆきみ…」小さな臣の声が届いた。

視線の先には直人くんと降りてきたゆきみと、その後ろをピッタリと離れない隆二。

でも隆二の横には見知らぬ女子がついてて、完全に困った顔の隆二。

周りには微笑んでいるように見えても、あたし達には誤魔化せない隆二の困った表情。


「直人うぜぇな…」


臣がボソっとそう呟いてゆきみ達の方へと足を進めようとする。

あたしの腕を掴んだままゆきみの方に行こうとする臣。


「…奈々…?」


動かないあたしを振り返ったけど。


「邪魔するの?」

「は?」

「ゆきみのこと、邪魔するの?」

「どうした、奈々?」


あたしがこう言えば臣はちゃんとあたしと向き合ってくれる。

あたし自身がゆきみと直人くんのこと納得なんてできていないのに、臣を引きとめる為にはそれすらも受け入れたフリをしないといけないなんて…。

こうでもしなきゃ臣を引き留められないなんて…


「ごめん何でもない」


そう言って臣の腕を振り払うと、あたしは矛盾を抱えたままトイレへと駆け込んだ。




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