▼ その声を聞かせて1
―――その声を聞いてしまったんだ、私は。
繁忙期絶頂の3月末。社内はおおいに忙しかった。色んな締切に追われて、色んな見積もりを出して。年度内の予算を計算して…
「はぁ、疲れた…」
思わず出た溜息。そりゃ溜息も漏れるよ。
一息つこうって財布とスマホ片手に休憩ルームでホットな紅茶を飲んでいたんだ。
衝立の奥は喫煙ルームで、そこに誰がいるのかは分からないけどよくよく声だけ聞こえてくる。
今ここには私1人だけで。最後の一口を飲み終えた私は気合いを入れ直してデスクに戻ろうって…
「なに、もう別れたの?お前そのうち刺されるよ!つーか次の女、居たりして?」
「あーまぁ。狙ってるのはいるけど…」
「え、誰?」
「一ノ瀬さん」
…わ、た、し?
えっ、この声って、隆二くん!?
密かに気になっている後輩の隆二くん。
でも彼女いたし、そーいうんじゃなくて。
いつもニコニコしていて、喋ると優しくて、この人と一緒に居れたら幸せなんじゃないか?って。
勝手な理想を思い描いていたんだ。
「一ノ瀬さん?あーあの人か。ってか隆二のタイプじゃなくない?」
「んーまぁ…」
「うわ、悪そうな顔!年上のお姉さん遊びに使うなんて酷でぇ奴だな、隆二!」
「興味あるんだよねぇ、あの人」
「で、落としたらポイ?」
「さあね。だから邪魔しないでよ、あの人は俺の獲物だから…」
最低。
女扱い慣れてるとは思ってたけど、あの容姿なら仕方ないというか当然だって分かる。
だけどそんな扱いってない。しかもそんな人だと知らずに思い描いていた理想がガラガラと音を立てて崩れていくのが分かった。
絶対に好きにならない。
そっちがそうならこっちは絶対本気になんてなってやらないんだから。