▼ 始まりはキス1
「ユヅキちゃーん、カラオケ行かへん?」
放課後帰る準備をしていると、教室の後ろのドアを陣取って入ってきた一つ年上の先輩達。
一年のあたしの教室にこうして顔を出す先輩達は、二年にしてうちの学校を牛耳っていると言っても過言ではない。
「あ、健ちゃん先輩……」
そう言いながらあたしの視線はその後ろにいる臣先輩に釘付け。
大きめの猫目が優しく微笑んでる姿に有無を言えず頷く。
「はい、行きます!」
例えそれが、健ちゃん先輩の為だとしても、あたしの視線はいつだって臣先輩を追ってしまうんだった。
「今からユヅキちゃんの為だけに歌うから、よう聴いとってな!」
マイクを持って画面の前で熱唱する健ちゃん先輩。
歌うまーい!
「健ちゃん見すぎっしょ!」
足をバタつかせて爆笑している臣先輩と、その隣で自分の歌う曲を選んでるマイペースな隆二先輩。
放課後はこの4人で過ごすことが増えた。
健ちゃん先輩の想いはすごくすごく嬉しい。
健ちゃん先輩だってすごくかっこよくて優しくて面白くて一緒に居て楽しい。
ただそれが恋とは別の感情で、あたしにとっての恋は、たぶんきっと臣先輩。
でも今更言えない、そんな気持ち。
だって、臣先輩も隆二先輩も、健ちゃん先輩ですら、あたしと両想いだと思っている。
どうしたら、いいの。
「おトイレ行ってきます」
「おー!」
臣先輩にそう告げて部屋を出ていく。
楽しい空間なのに、ここ最近自分の矛盾を感じてちょっとだけ苦しいんだ。
もしも健ちゃん先輩に真面目に「付き合って」って言われたらどう答えたらいい?
イエスって、言わなきゃダメだよね。
憂鬱な気持ちを隠してあたしはトイレから出た。
ドリンクバーで新しいジュースを選んでいるとカタンって音がして。
振り返った先、トイレの入口前のほんの死角になってる所に見覚えのある人。
「臣先輩……」
ハッとして後ずさった。
壁に女の人を追い込んでキスしてる臣先輩がそこにはいて。
あたしはバクバクする心臓を抑えて作りかけのドリンクを置き去りにしたまま部屋に戻った。
中では隆二先輩が甘いバラードを熱唱している。
そこにはやっぱり臣先輩の姿はなくて。
「ユヅキちゃん、お帰り!」
冗談で両手を広げる健ちゃん先輩。
いつもなら照れて逃げるだけのあたし。
だけど、目に焼きついた臣先輩のキスが離れない。
ふわりとその腕の中に入り込むと、「え、ちょ、どしたん!?」慌てた健ちゃん先輩と、それを見た隆二先輩のドデカイ爆笑が耳に届いたんだ。