▼ 悪魔の微笑み3
そんな直人くんとの夜ご飯の約束も、お昼に迎えにきた王子様の登場でスコンっと抜け去ってしまうなんて。
「ユヅキちゃん、お昼行こう!」
12時10分前にそう言って私の席にやってきた王子様…もとい、哲也くん。
内心いつくるか、いつくるかってドキドキしながら待っていたからそれはもうすぐに立ち上がって。
フライング気味で総務課フロアを出て行く。
隣を歩く哲也くんは普段はハイペースで歩く歩幅もゆっくりな私に合わせてくれて。
「書類作るのまで手伝えばよかったな〜私…」
「あ、今日暇だった?」
「うん、わりといつも暇…」
「えじゃあさ、ユヅキちゃん俺専属で秘書やってよ?俺宇佐美さんに言っとくからさ!」
宇佐美さんっていうのは、営業部長のことで、哲也くんに目をかけてくれてる上司。
いつも優しくてワインが大好きなすっごくお酒に強い人だった。
「秘書…って私そんなのやったことない!」
「俺のサポートするだけ!そしたら俺達会社でもずっと一緒にいられるよ?」
ニコって微笑んだ哲也くん。
私がドキドキしていることをきっと分かっている。
分かっていてそういうこと言うってことは、脈あり?
そう思っていいのかな―――自惚れても。
「それってどういう意味?」
だけど女って生き物はいつだって確信が欲しい生き物で。
内心心臓破裂しそうなくらいバクバクさせながらそう聞いたんだ。
ちょうど赤信号で止まった私達。
ざわついた町中は私達二人のことを誰も知らなくて。
「あ、俺のお姫様は欲しがりなんだからぁ」
ツンって人差し指で鼻の頭を突かれた。
こーいうの、私以外にやってたら嫌だな…って思いながらも、哲也くんの気持ちはきっと私に向いてるはず…って妙な自信すら生まれそう。
「だって…」
「でも今ここで言うのは俺もちょっとなぁ〜。今夜、俺ん家きて?そこでちゃんと言うから…ユヅキの望んでること…」
スッと私の手を取る哲也くんに、そっとその手を握り締めた。
「うん…信じて待ってる」
…両想いになるのっていつぶり?
頭の中で聞こえるラブソングが既に私達を祝福していて、すっかり浮かていた私は、本当に忘れていたんだ――――直人くんとの約束を。