SHORT U | ナノ

 秘密のレッスン3

授業はいつも通り始まった。

相変わらず声も綺麗なユヅキさん。

シャーペンを持つ手にそっと触れたくなる衝動を抑えて神経をノートに集中させる。


「じゃあこれ訳して」


そう言ってユヅキさんは自分で作ってきた例題の書かれたプリントを俺に差し出した。


「直人くんごめん、ちょっと電話してもいい?すぐ戻るから」


珍しくスマホを持ってユヅキさんが立ち上がる。


「はい、どうぞ」

「ごめんね、すぐ戻るから」


そう言って俺の肩にほんの一瞬触れたユヅキさんは廊下へ出て行く。

とはいえ、狭いこの家で、ドアを締めていても廊下の声は普通に入ってくるわけで。


「章ちゃんごめん、今日は無理だから…」


―――――え?

しょうちゃん!?

しょうちゃんって、あいつだよね?

へ、なんで!?

だってユヅキさん、そんなんじゃないって…


「時間分かんないけど、帰り寄るから。それならいい?…子供みたいなこと言わないの!じゃあね」


数秒おいて、ユヅキさんが部屋に戻ってきた。


「直人くんごめんね、お待たせ。できた?直人くん早いからそれぐらい簡単かな?」


ユヅキさんが椅子をひいて俺の隣に座った。

例題の訳なんてとっくに書いて、俺はその下に英語で言葉を綴ったんだ。


「直人、くん…」

「I make you a smile
Please be next to me all the time
Please become my girlfriend」


綺麗な発音と声。

真っ直ぐに俺を見つめるユヅキさんの手を、あの日みたいにギュッと握った。


「Please become my girlfriend」
(俺の彼女になってください)

「…No…」

「Why?」
(なぜ?)

「だって…」


困ったように俯くユヅキさん。

だから俺は両手でユヅキさんの手を握る。


「Will you look at me?」
(俺のこと見て?)

「I cannot do it」
(できない)

「Do you dislike me?」
(俺が嫌い?)


これ以上言わないで…そう言われそうなぐらい切ない顔をしたユヅキさんは、握っていた俺の手をそっと離した。

やっぱりダメなのかよ…

気持ちが届かないことが辛くて、でも諦めたくない。

俺が哲也みたいなイケメンだったらもう、俺のもんになってた?

俺がこんなだから、ダメなの?

頭の中はダメ出しばっかりで、だけど離された手をもう一度強く握った。

絶対離すもんかって気持ちで。


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