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「異動ですか?」
「ああ。コールセンターがどうしても人手が足りなくて、お願いできないかな?」
…魔のコールセンターか。
断ってもきっと私以外の人がやるってことだよね…。
「分かりました、やります」
「そうか!助かるよ。じゃあ早速明日から行ってほしい!」
「はい…」
上司に呼ばれて何かと思ったらそんな切ない話。
受付の子達の中でも…というか社内でもコールセンターは女の園で。
そこに行った子がどんどん身体を壊していくって話を聞いたことがある。
だからみんな先輩達は断ってきたって。
でも少なからず私を期待して声をかけてくれたって、そう思えばいいんだよね?
とはいえ、明日からあの大奥に行くと思うと食欲もなく、社内カフェで一人ポツンっと紅茶を飲んでいたんだ。
「ユヅキ聞いたよ、異動って…」
ポンっと肩を叩かれて隣に座ったのは私と趣味が合うことから仲良くなったゆきみさん。
人生の相談役をいつもかって出てくれている人。
同じように紅茶を置いて私を見て眉毛を下げた。
「誰かがやらないとダメだなって思って…」
「そうだけど、大丈夫?」
心配そうなゆきみさんの声に泣きたくなる。
自分でOKを出したものの数分前の言動を既に後悔している。
別にいい子ちゃん気取っているわけじゃないけれど、頼まれると断り切れないのも私の性格だった。
「大丈夫じゃないですよ〜」
「あっは、だよね!」
「何で私に頼むわけ?って。ゆきみさん今夜飲みに行きたい!」
「よしよし!連れてってやる!てっちゃんも呼んでやろうじゃん!」
パアーっと嬉しくなって。
「え、本当ですか?超嬉しい!!哲也さんに甘えちゃおう!」
「あっは、そのまま持って帰っちゃえ、あのイケメンを!」
「キャー!!いいですかね?」
「どーぞどーぞ、お好きなように!」
ノリのいいゆきみさんとキャッキャッしていた時だった。
「持って帰ってくれんの?」
ドキっとしたけど振り返ることなんて到底できなくて。
だって後ろから屈んで哲也さんの腕が私に回ってて…
バックハグ―――!!!!
「ユヅキ、答えて?」
フーって耳に息を吹きかけられて心臓吐きそう!
「あの、その…」
「何してんっすか、こんな公共の場で!」
聞きなれた関西弁の後、哲也さんの温もりが私から離れていって、ようやく振り返ることができた。
「健ちゃん…」
「おうユヅキ!異動聞いたで。もう社内噂んなっとる」
大学の時に大戸屋でしていたバイトが一緒だった健ちゃんが、偶然にも同じ会社だった時は驚いた。
私も懐いてたせいか、今でもすごく良くしてくれて、困った時はいつも健ちゃん頼りにしていることも。
「早いな全く」
「そうだから、今日はユヅキを慰める会開くから、健二郎その辺のイケメン揃えといてよ!ついでに健二郎も来ていいから!」
「ついでって、ゆきみさん…直人さんにチクリますよ?」
「え、それは困る!やだ、こんな所にイケメンが落ちてる!やだぁかっこいい」
ぶっ!
直人さんの名前が出た途端簡単に態度を変えたゆきみさんは、直人さんのことが大好きで、でも片想いだった。
直人さんも満更でもなくて、時間の問題だって思ってる。
いつも明るく社交的なゆきみさんも、直人さんの前では乙女みたいに大人しくなってしまう姿を見て、「ああ好きなんだな〜」って心から思える。
私も好きな人に好きって素直に言えたらどんなにいいかって…
そう思わずにはいられないんだ。