▼ 面倒くさい奴*5
「なに?今、払った?」
もう一度伸ばした手を今度は空中で振り払った。
「触んないで。健ちゃんなんて嫌いよ。」
大好きなのに、本当は大好きで苦しくて嫉妬して馬鹿みたいにやっぱり苦しくて。素直に一言「好き。」って言えたらいいのにそんなこと全然言えなくて意地張って強がって関係ないって言っちゃって、もうぐちゃぐちゃ。馬鹿みたい。でもこんな風にしか生きられない。
こんな私、誰にも受け入れられないよね。
悲しそうな健ちゃんの横を通り過ぎて会社を出る。ドラマや映画みたいに追いかけてきてくれるわけもなく、一人で家路に着いた。
もう恋なんて懲り懲り。
それから4日間、健ちゃんを避けた。ひたすら避けた。会議やら外出やらでほとんど顔を合わせることなく4日が過ぎたその日、隣の席の亜芽ちゃんが不満気な顔で私に言ったんだ。
「彼氏とよりを戻しました!」
...え!?だって健ちゃんは?亜芽ちゃんは私を見てニッコリ微笑むと、一言告げたんだ。
「ユヅキさん、素直にならなきゃ幸せ逃げちゃいますよ!」
...なんで、亜芽ちゃんが!?どーいうこと?
「あの、亜芽ちゃん、」
一歩亜芽ちゃんの方に歩み寄った瞬間、横から手首をギュッと掴まれた、痛いくらいにギュッと。
「やっとおった。ちょお顔貸しや。」
...普段温厚な健ちゃんの、ちょっとだけ怒ったような顔に、なんでか泣きそうになったなんて。
「ど、どこ行くの?」
「ええから。」
「痛いよ、健ちゃん。」
「離したら逃げるやろ、お前。」
う、それは、まぁ。大人しく健ちゃんの後ろを歩く私は、その見慣れた大きな背中を見て胸が熱くなった。やっぱり亜芽ちゃんにも誰にも渡したくない、なんて今更思ってしまう程に。
あ、でも亜芽ちゃんは違うのか。
脳内で色んなことを考えていたら健ちゃんが私をジッと見つめていて。第3会議室まで埋まることはほとんどなく、ここはいわゆるほとんど誰も使っていない部屋だった。
「陣に聞いたわ。」
そっと手を離した健ちゃんは、おもむろに黒髪をワシャワシャと掻きむしってそう呟いた。
あのやろ、ペラったな。