▼ チョコより甘い時間1
「昨日の漢字テストの答案配んぞー!」
一番好きなのは国語の授業。
だってナオト先生だから。
高校3年2月。
もうこの学校で教わることなんてほとんどない。
だけどあたしにはやり残したことがたった一つだけある。
みんなほとんど進路も決まっている。
あたしは早く大人になりたくて、就職の道を選んだ。
うちの高校に近いビルの中に入っている小さな雑貨屋さん。
卒業する高校の側を就職先に選ぶ奴なんてあたし以外にいないかもしれない。
「一ノ瀬…」
「はーい!」
答案用紙を受け取るあたしを呆れた顔で見下ろす先生。
「今日居残りだぞ」
「はーい!」
「たく」
少し困ったように微笑むナオト先生にあたしはニッコリ微笑んだ。
たかだか国語の小テスト。
社会に出たら漢字は必要だからって、ナオト先生は毎回面倒くさい程漢字のテストを行っていた。
といっても、普通に勉強してたら分かる範囲内で。
だからこうして毎度のことながら居残り補修を受けるのはあたし一人で。
漢字が物凄い苦手をうたっているあたしの本音はそう…――――
「失礼しまーす!」
視聴覚室のドアを開けるあたしを待っているナオト先生は毎回同じように呆れた顔をしているものの、それでもきっちり付き合ってくれる。
本当の本当はナオト先生のお陰で漢字は得意だった。
だけど残り少ないこの時間をできる限り大切にしたくて、あたしは高3の三学期からほとんど補修をうけるようになった。
「またわざとだろ?」
「うん。だって先生に逢える日数もうほとんどない。寂しいな…」
「卒業だからな」
「先生は寂しくないの?」
真っ直ぐ見つめる瞳の奥、先生の熱量がほんのり伝わる。
「寂しいよ、俺も…」
微笑む先生に胸がキュンとする。