▼ イニシャルH8
*おまけ*
「…なんすか、そのイニシャル…?」
「え?」
ユヅキんとこの後輩の直己が俺のスマホについたイニシャルチャームを見て細い目をちょっとだけ大きく見開いた。
まじまじと見つめるそれに苦笑い。
「…なんだろな」
「いやいや直人さん…。ユヅキさんのイニシャルだけじゃないんすか?まさか女二人いるってこと?回答によっちゃ自分、直人さんのこと軽蔑しますよ…」
「ばーか、そんなんじゃねぇよ…」
「じゃあなんすか?」
「………」
ユヅキのイニシャルの隣についた「H」のイニシャル。
クリスマスの日、気づいたらこれがついてて。
なに?って聞いた俺にユヅキが笑顔で言ったんだ。
「直ちゃんえっちってそのままの意味!はずしちゃダメだよ?」
否定はしないけど、俺これすげぇ恥じゃねぇ?
「誰かに聞かれたらなんて答えるのよ?」
「大丈夫だよ、誰もそんなの聞いてこないって!」
…ユヅキのやろ、聞かれたじゃねぇか!!!
納会の今日、会社にはまだちらほらと人がいて…
勿論のこと、俺達はイヴの夜からあの愛の巣で同棲を始めた。
それはもう、この世の幸せ全部を一人占めしたような気分でさえあって。
目覚めてユヅキが隣にいることが最高に嬉しくもあり、感動的で。
玄関を出る寸前までイチャイチャとユヅキに触れていられるのが最高に嬉しい。
「あの直己、これはその…」
「あ、俺分かった!まんまの意味だろ?」
隣にいた俺の直の上司である啓司さんがニタァっていやらしく笑ってそう言うんだ。
ギクリと心拍数があがる。
「そのまんま…」
「いやいや啓司さん、余計なこと言わないでくださいね」
「図星だろ?また哲也に怒られるよ、直人〜」
「ほんと勘弁してください!」
俺と啓司さんとのやりとりを呆れた顔で見下ろす直己の後ろ、ユヅキが顔を出した。
哲也さんも一緒に。
「片岡くん!」
「…ユヅキ、ちゃん…」
あやふやな俺の言い方に首を傾げるユヅキ。
だけど次の瞬間直己がとんでもないことを言い放った。
「ユヅキさんこれってそのまんまの意味っすか?」
俺の「H」を指差してそう聞く直己に、ユヅキは一瞬キョトンとした後、「え…」真っ赤になって後退りをする。
「なんの話ぃ〜?」
そんなユヅキを受け止めつつ、肩に顎を乗せる哲也さんにムっとしたもののさりげなくユヅキを引っ張ろうとしたけど、パシって阻止された。
「あの哲也さん…」
「なんだよ、直人!俺のユヅキちゃんに何か用?」
ジロリと言われて苦笑い。
「これだよ、このH。直人のスマホに新しくついてて、だから直己が他にも女がいるんじゃないかって?でも違うって直人が言うから、…そのままの意味じゃねぇの?って聞いただけ」
そう言う啓司さんの視線は完全にユヅキを捕らえていて…。
「じゃあ私、急ぐのでいきますね。哲也さん、行きますよ!」
堂々と哲也さんの手を取って歩き出すユヅキに、満足げに哲也さんが振り返って俺達に手を振る。
反対側の空いてる手で。
さすがにそれは我慢ならん!
「哲也さん、俺の彼女と手繋がないで!」
「ユヅキちゃんから繋いできたのよ」
「離してくださいよっ!」
「やだね〜。行こう、ユヅキ」
「あ―――呼び捨てダメっ!!」
叫ぶ俺に笑いながらもう一度哲也さんが手を振った。
ちきしょう!
「で、直人さん、このHはなんなんすか!?」
それからずっと直己の質問攻めに合った俺は、愛の巣に帰って思いっきりユヅキに浴びせてやったんだ、イニシャルHの意味を…―――
*END*