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自嘲的な笑いを浮かべた岩ちゃんが「ごめん…」そう呟いたんだ。
よく見ると口端が赤く切れていて…
「え、大丈夫?」
「うん。殴られた、直人に…。ついでにゆきみちゃんには腹飛び蹴りされた…」
あっけらかんと笑う岩ちゃん。
奇麗な顔に傷がついてしまって痛々しい。
「すぐに手当しないと」
「痛くねぇよ、こんなの…ユヅキに比べたら…」
気づくと私は岩ちゃんの腕の中にいて。
「さっきは言いすぎた。マジでごめん…」
「あのあの岩ちゃん!?」
「いいでしょ、抱きしめるぐらい」
…よくないよ。
岩ちゃんにとっては日常茶判事な行為かもしれないけど、私はそういうの慣れてないもん。
なんて心の中では悪態をついているっていうのに、実際の私はただ黙って岩ちゃんの温もりを感じているわけで。
「元カノにずっと言われてて…」
「へ?」
「ユヅキのこと本当は好きなんじゃないかって…」
ドキンっとする。
まさか、そんなこと言われていたなんて思いもしなくて。
黙り込む私に岩ちゃんが言葉を続けた。
「一年の時、マネージャーやってって頼んだの覚えてる?」
忘れもしない、あの日のこと。
私はコクっと小さく頷いた。
「可愛いな〜って本当はずっと思ってたんだ。だからユヅキに頼んだ。こんな可愛い子がマネージャーなら部活も頑張れるだろう!って。だからとりあえずレギュラーになって告白しようって思ってた。けどユヅキ全然俺のこと相手にしてねぇーっつーか。だからちょっと悔しくて…。それで他の女と遊んで気紛らわせてた。けどやっぱマジな気持ちには誤魔化しもなんもきかねぇみたい。みんな声を揃えて言うんだ、”本命はユヅキなの?”って。だから結局いたたまれなくなって別れて…」
そこまで言うと、岩ちゃんは私を離してふう〜っと息を吐きだす。
それから真っ直ぐに私を見て言ったんだ。
「好きだよ。俺と付き合って欲しい」
ずっと待っていた言葉だった。
何をどう見て岩ちゃんは私が岩ちゃんに興味がないと思ったのかすらさっぱり分からないけど。
「うん…私もずっと好きだった。よ、よろしくお願いします…」
「ぎこちねぇな〜」
ケラケラと笑う岩ちゃん。
負のオーラ全開で、負の連鎖中だった私を唯一救いだしてくれた岩ちゃん。
ゆっくりと私の頬に手を添えて顔を寄せるから、つい目を閉じてしまったんだ。
「お姉ちゃん…」
声にビクっとして慌てて目を開けると、制服姿の妹がそこに立っていて。
真っ赤な顔で固まっている。
「あのあの、これはその…」
「こんばんは。ユヅキの妹さん?」
岩ちゃんがニッコリ妹に向って微笑む。
「はい」
「初めまして、岩田です…。よろしくね」
「はい、あの…」
「ん?」
「ママに言ってもいいですか?お姉ちゃんが岩ちゃんしとめた!って」
そう言うと妹は真っ赤な顔で私たちの横をすり抜けると、玄関を開けて「ママ―――」叫んで家の中に入って行った。
「俺、有名だったの?」
岩ちゃんはこの地域じゃイケメンだから勿論ながら妹の学年でも王子様キャラで…。
苦笑いで「まぁ…」答える私にぶっ…て吹き出した。
「んじゃ話は早いな!」
岩ちゃんが私の肩に手を回した所で、玄関からママを連れた妹が出てきた。
「うわぁ、本物!でかしたわよ、ユヅキ!!」
ご機嫌に岩ちゃんを見るママがニッコリ私に向って微笑んだ。
「お帰りなさい。岩ちゃんママにも紹介して。ご飯食べて行ってね」
あんなに喋るのが億劫だと思っていたママとの会話が岩ちゃんがいるだけでこんなにもスムーズで、嬉しくて。
岩ちゃんを家に誘導するママ達を遮るように腕を引いて玄関のドアを閉めた。
その瞬間、分かっていたのか岩ちゃんが私を…暗くなり始めた夜に隠すようにドアに押し付けてキスをした―――
思い描いていたロマンチックなシチュエーションとは少しかけ離れていたけれど、これから先きっと素敵なことがたくさんあるって確信できる。
この負のスパイラルから私を救いだしてくれた岩ちゃんだから。
*END*