▼ 始まりはキス7
華奢な岩田くんよりもガタイはいいけど小さい。
白いメッシュの入ったアッシュブラウンのふわふわの髪が犬みたい。
八重歯を見せてゆきみ先輩の細い腕を掴んで引き寄せた。
「直!」
「油断も隙もねぇな岩ちゃん。ほら義理チョコ配り次は誰?」
「次健二郎!」
「えっ!?」
思わず出ちゃった、声出ちゃった。
一気にみんなの視線を集めてゴクリと唾を飲み込んだ。
ジッと見られてどーしよう?と思いながらも聞かずにはいられなかった。
「先輩は、健ちゃん先輩の彼女さんじゃないんですか!?」
「いやいや違うって!俺の彼女だからゆきみは!」
答えたのは八重歯の白メッシュの3年で。
「直人さん。間違いなくゆきみちゃんの彼氏だよ!ちなみに健二郎さんは、ゆきみちゃんの幼馴染み!」
岩田くんの説明に「幼馴染み!?」また大声を出した。
「あ、もしかしてユヅキちゃん?え、あなたがユヅキちゃん?わー!可愛いっ!!」
え、え、ええ、なに?なんで?
「そっか、そっか、ごめんね誤解させちゃったかな?けんじろーとはただの幼馴染みだから安心してね。私は直しかかっこよく見えないから!」
ニコッてゆきみ先輩が嬉しそうに微笑むと、岩田くんの舌打ちが微かに聞こえたけど。
今だちょっと意味が分かってなくて。
「ユヅキちゃん!」
聞こえた声に今日一番胸が大きく脈打った。
あたしの所に駆けてくる健ちゃん先輩。
右手に持ってる健ちゃん先輩へのバレンタインチョコに無駄に力が入る。
ほんの一瞬そこに視線を向けたもののすぐにあたしに向かって健ちゃん先輩が小さな箱を差し出したんだ。
「もう無理やりせえへんから、俺んこと嫌いにならんでほしい!ずっとユヅキちゃんのこと見てた。ユヅキちゃんが誰を好きでも俺、ユヅキちゃんのこと好きやねん!これ俺ん気持ち、受け取ってくれへん?」
パチパチって瞬きをしながら見つめる。
健ちゃん先輩の長い告白に身体の力が抜けそうになる。
やっぱり岩田くんの言う通り、あたしが臣先輩を見てたこと、気づいてたんだ。
それでもあたしを選んでくれるの?
こんなあたしでいいの?
「健ちゃん先輩、あたしもあるんです…」
隠し持っていた袋を差し出すと「へ?俺に?」信じらんないって顔。
うろたえてる健ちゃん先輩の手にそれを持たせるあたしは、健ちゃん先輩の箱をスッと受け取った。
「開けてもええ?」
「…はい」
カサカサって袋から取り出した箱の中、パカッと開けるとあたしが作ったトリュフ。
我ながらうまくできたトリュフ。
健ちゃん先輩の手に渡るとは思っていなかったからやっぱりちょっと嬉しい。
「すげぇ…ユヅキちゃん俺のん開けてみて?」
「え、はい」
手中の健ちゃん先輩の箱をあけると、こちらも手作りのトリュフが入っていて。
「これってもう運命ちゃう?」
「同じ…」
「臣ちゃんよりかっこよくなるから俺、」
途中で遮るように健ちゃん先輩に抱きついた。
だってあたしの中ではもう健ちゃん先輩が一番だもの。
「健ちゃん先輩が一番です!あたし、あの日からずっと健ちゃん先輩が離れなくて…だから嬉しいですっ!」
「うわ、ほんまか!!めっちゃ嬉しいわぁー」
ギューッて健ちゃん先輩があたしを抱きしめる。
その温もりに触れてやっぱり健ちゃん先輩が大好きだって思う。
「なら俺と付き合ってくれる?」
「はい!喜んで!」
「うーわ、最高のバレンタインやー!」
健ちゃん先輩に抱きしめられているあたしを見て「よかったな」岩田くんの声が聞こえた気がした。
顔をあげたらそこにはもう、岩田くんもゆきみ先輩達もいなくて。
あたしと健ちゃん先輩の二人きり。
きっと岩田くんが気をきかせてくれたんだって、そんな気がした。
「あの日って、あの日?」
見つめる健ちゃん先輩はほんのり鼻の下が伸びてて物欲しそうな顔で。
臣先輩のキスを消す為だったなんて言えないけど、あのキスがあったからあたしは健ちゃん先輩を好きになったんだと思う。
「はい、あの日…」
「それ忘れてしまいそうやからさぁ、再現してもええかなぁ?」
「いいですよ」
そう言って目を閉じると、フライング気味に健ちゃん先輩のキスが落ちた。
恋に落ちるきっかけなんてどこにあるか分からない。
大切なのは自分で認めること。
意地もプライドも捨てて気持ちを伝えた先には、きっと幸せも舞い降りるんだって……
健ちゃん先輩が教えてくれました。
*END*