▼ 始まりはキス5
「バカバカバカバカバカッ!!健ちゃん先輩のバカッ!最低っ!彼女がいるなら最初から期待させんなっ!!キスなんて、、すんなっ!!!」
屋上から大声で叫ぶと、思いの外スッキリした。
「すげぇ言われよう!」
プッて聞こえた笑いにギクリと振り返る。
屋上にあるベンチに横になっている同じクラスの岩田くんがそこにいた。
「健二郎さんに遊ばれたの?」
……最悪!
臣先輩軍団の下っ端じゃん、岩田くん!
全部バレちゃうっ。
空を見上げていた視線をゆっくりとあたしに向けるその瞳にドキっと胸がみゃくうつ。
さすが王子って呼ばれてるだけあってかっこいい。
茶色のサラサラヘアーを軽く靡かせてムクリと起き上がった。
「な、なんでもない」
「ふぅん。叫んでスッキリした?」
「え?うん…」
「いいよねぇ、叫べる奴は」
「え?岩田くんも叫べば?」
「叫べないから我慢してんの俺!」
……ちょっと怖いよ、岩田くん。
目が笑ってないよ、岩田くん。
さり気なく後ろに下がって屋上から逃げようとしたけど、今更行く場所がなかったことに気づく。
「あの、ここにいてもいい?」
「どーぞ。ここ俺ん家でもねぇけど」
「…うん。……言えないの?岩田くんは気持ち…」
「気にしてくれたんだ?」
ニヤリと口端を緩めた。
ドカッと開いた足の間で手を組んで俯いている岩田くんは、クラスに馴染んでいない。
あの先輩達とつるむようになって、みんなが彼を危険だと判断してか、教室にいる時はほとんど誰とも話さなかった。
「まぁ俺、禁断の恋だから、あんたと違って」
「……禁断の恋?えっ!?そうなのっ!?だ、誰と?」
「言えねぇって、お前話聞いてなかったの?」
「あ、そうか、ごめんね」
慌てるあたしを見てクスっと鼻で笑われる。
「いいけど。あんた臣さんのこと好きだったんじゃないの?」
突然岩田くんに言われて思いっきり後ろに下がった。
そんなあたしに「分かりやす」って笑うけど、超困る!
バレバレじゃん!
「な、どうして?」
「いやたぶんあの人達みんな分かってるよ。だってあんた、ずっと臣さんばっか見てたじゃん。健二郎さんに誘われても後ろの臣さんの顔みてOKしてたよね、よく」
そうだけど、そうなんだけど、いざそうやって誰かに言われるのって何だかキツイ。
自分を責められているように思える。
「何で今日は健二郎さんよ?何かされた?健二郎さんに……はたまた、臣さんに?」
岩田くんに言われて初めて気づいた。
あたしここんとこずっと健ちゃん先輩のことばっか気にしてた。
ずっと臣先輩ばっかりを想っていたのに、あの日健ちゃん先輩とキスしてから今日まで、頭の中は健ちゃん先輩でいっぱいだ。
どうしよう……
「健ちゃん先輩……」
あたし、気づいたら健ちゃん先輩のこと好きになってる。
臣先輩のキスなんてすっかり忘れてた。
だってあたしの中には、健ちゃん先輩の唇の感触が鮮明に残っているんだもの。
嬉しいのか、悲しいのか、よく分からない涙が溢れてくる。
それがいいのか悪いのかも分からない。
ただ一つ、分かっているのは健ちゃん先輩への気持ち。
こんなにも、好きになっていたなんて。
でもきっと遅い。届かない。
だって健ちゃん先輩には、チョコをくれるゆきみ先輩がいるのだから。