SHORT U | ナノ

 始まりはキス4

その日を堺に、健ちゃん先輩があたしを迎えに来なくなった。

最初から何も始まってなんていないから、別れだってこない。

自業自得、健ちゃん先輩を傷つけたのはあたし。

それでもあの臣先輩のキスを消すには、それしかないと思ったから。

健ちゃん先輩を利用したあたしに、健ちゃん先輩を好きになる権利なんてないんだと。




「ユヅキ、学食行かない?」



クラスメイトのスズに誘われて久しぶりに学食へと顔を出した。

一年生はあまり学食を使ってる子はいないから何となくキョロキョロしてしまう。

空いてる席にお盆を置いて食べ始めると、あたし達の二列前に健ちゃん先輩達がカシャンとお盆を置いた。

こっちに気づく様子なんてない先輩達。

そもそもあたしが学食に顔出すなんて思ってもいないだろうって。

久しぶりに見た健ちゃん先輩は、少し元気がない。



「けんじろー!」



元気な声と共に健ちゃん先輩の隣に座った女。

上履きの色が赤だから3年生だって。



「なんや?」

「部屋に私の充電器忘れてきたかも!」

「あーそやった?」

「うん、見といて!はい、あーん!」



サラダのプチトマトを健ちゃん先輩に差し出す先輩の指ごとパクつく健ちゃん先輩。

それを何でもないって感じに笑って自分のご飯を食べる先輩…

なにこの2人。

付き合ってんの?健ちゃん先輩の部屋に充電器置きっぱとか普通ないよね。

友達?幼馴染み?そんなの聞いたこと……

それ以上にあたし、健ちゃん先輩のこと何も知らないじゃん。

家がどことか、家族構成とか、趣味が釣りとカラオケでバスケ部だってことしか知らない。



「ユヅキ?どうかした?」



スズが黙り込んだあたしを見てそう聞くけど。



「ううううん。これ美味しいね!」



こんな惨めな気持ち誰にも知られたくなんてない。




「ゆきみちゃんチョコ欲しいなー俺!」

「え?バレンタイン?」

「そうそう!健ちゃんにあげるついででいいから俺にもちょうだいよ?」



隆二先輩が唇を指さしてパチって健ちゃん先輩の隣にいる先輩にウインクをした。

でもあたしの耳には「健ちゃんにあげるついで」って言葉が残ってしまう。


やっぱり彼女なの?

だからなのか、女の先輩は健ちゃん先輩の肩に肘をかけて耳元で「どーする?りゅーじにあげてもいい?」なんて笑いながら聞いていて。

そのまま耳にフゥーって息を吹きかけると、健ちゃん先輩が真っ赤になって「ばか、やめろ!」……照れたんだ。



「ゆきみちゃん俺も俺も!健ちゃんのついででいいから!」



続いて言ったのは臣先輩で。

隆二先輩の隣で大口開けて焼肉定食を頬張っている。



「えー臣も!?でも臣にあげたらお礼はチューで、とか言われそうじゃない?」

「ぶっ!そらあかん!臣ちゃんはNGやでゆきみ!」

「おいおい俺を何だと思ってるの、二人して!」

「「ケダモノ!?」」



……仲いいんだ。

あの先輩が臣先輩にキスされるの、嫌なんだ、健ちゃん先輩は。

ズシンと頭が重たい。


今朝新聞の広告で見たバレンタイン特集。

渡す渡さないは別として、健ちゃん先輩に作ろうかなって。

そう思ったのに。



「ユヅキ、何があったの?」



気づくと目の前がボヤッとしていて、スズの顔が滲んで見える。

あんかけ丼の中にあるイカが大きくて喉を通らない。

おばちゃん、イカもっと小さく切ってよ。



「ユヅキ、どうしちゃったの!?」



困ったようなスズの声に、ポロリと滴が頬を伝う。



「スズごめんねっ」



ガタンと席を立って学食から飛び出した。



「ちょっと、ユヅキッ!!」



スズのあたしを呼ぶ声に振り返ることも止まることもできずにあたしは一人で屋上へ走ったんだ。



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