▼ 始まりはキス3
「臣ちゃんと何かあった?」
並んで駅から家までの道を歩いてた最中に、健ちゃん先輩が突然そう言ったんだ。
あたしを歩道側に寄せて守るように歩いている健ちゃん先輩。
こちらをチラリと見て優しく聞いていて。
「え?臣先輩?」
見つめるあたしにそっと視線をずらす。
「いや何もないならそれでええねん。ユヅキちゃんトイレから戻った後ちょっと様子がちゃうように見えてな。その後臣ちゃん戻ってきたから…」
「………」
「何もないならそれでええ!」
ポンポンって優しく頭を撫でてくれる健ちゃん先輩の温もり。
あたしが臣先輩を見ていることぐらいきっと気づいているのかもしれない。
それに気づかないフリしてあたしを気にかけて
くれているのかもしれない。
それぐらい優しい人なんだって、今更思えた。
「何もないです」
「そかそか、それならええよ!」
健ちゃん先輩の視線があたしを捉えてニッコリ微笑んだ。
家まであと10メートル。
角を曲がって10メートル。
「健ちゃん先輩…」
「おん?」
「後10メートルだけ、手繋いでいいですか?」
「へっ!?手……!?」
素っ頓狂な声であたしを見下ろす健ちゃん先輩は、真ん丸な目をしていて。
スッと手を差し出すと大きな猫目をギョロっと動かした。
「…いやほんまに嬉しいわ俺が……」
照れながらもスッと手を取った。
そのままゆっくりと指を絡める健ちゃん先輩。
家はすぐそこに見えてるというのに、その距離が物凄く長く思えた。
無言であたしの家の前まで歩いた。
「送ってくれてありがとうございます」
そう言って健ちゃん先輩を見上げるとそこにあるのは真剣な顔で。
健ちゃん先輩が何を考えてるのか何となく分かった。
だからそのままそっと目を閉じてみた。
浮かんだのは臣先輩で。
あたしに顔を寄せて近づくのは健ちゃん先輩だって分かってるけど、目を閉じたそこにいるのは間違いなく臣先輩。
ギュッと目を閉じて完全に臣先輩にした所で、健ちゃん先輩の乾いた唇がチュッて触れた。
ほんの数秒触れて離れた唇。
まだ目を閉じていると、あたしの肩に手が置かれてもう一度唇が触れ合った。
さっきよりも長く……
「好きやで、ユヅキちゃん」
唇を離して小さく健ちゃん先輩が耳元で囁いた。
だけどどうしてか、あたしの目からは涙が零れて。
そんなあたしを見た健ちゃん先輩は当たり前に動揺する。
「え、ユヅキちゃん!?」
「ごめんなさいっ」
バッと健ちゃん先輩の腕の中から離れて玄関のドアを開ける。
バタンとドアが締まってその場にズズズ……と滑り落ちる。
幸せそうな臣先輩達のキスとは程遠い、最低なあたしのファーストキスだった。