▼ 主導権3
ユヅキが俺の女だったらよかったのに……
そんな言葉を過去に何度か聞いた。
結局そう思うだけで、そう言うだけで、誰一人として本気で私を彼女にする奴なんていなかった。
だからそんな言葉信じない。
むしろ嬉しくない、気持ちがガクンと落ちた。
「そろそろ再開しようか」
私の言葉に大樹が珈琲を飲み干した。
まだ話したそうな顔をしていたけれど、あえてそれに気づかないフリ。
こんな年下に振り回されるのは御免だ。
「はい…」
何も答えなかった私を不思議そうに見たものの、大樹もすぐにコンビニ袋にゴミをまとめてゴミ箱に捨てると、シール貼りに戻った。
カチカチカチカチ……
無音の中での無言の作業はきつい。
でもこれ以上話すことなんてないし、ブーブー……相変わらず鳴り響くスマホのバイブ音。
別に電源切れなんて言わないけど、ちょっと多いよね。
「電話、出たら?出るまで鳴り続けるんじゃないの?」
「…いいんです、本当に」
頑なに拒む大樹にイライラした。
「でもそれ鳴ってると気が散る。逆に迷惑」
ほんの少し睨みながらそう言って、ハッとした。
自分よりずっと年下の子相手に私ったら物凄い大人気ない!
「ごめん、今の無し。そーいうつもりじゃなくて、その…」
「いえ、一ノ瀬さんの言う通りです。ちょっとだけ出ますね、すいません…」
大樹はスマホを片手に少し私から距離を取った。
「はい。……ごめんまだ仕事。うん、俺のミスがあって、明日までにやらなきゃいけない大事な作業がある。……ホントだよ。……え?……一人だよ、誰もいねぇよ。……信じないならいいけど。……泣くなよ。分かってる、でも仕事はちゃんとしたい。誕生日はいつでも祝えるだろ?だから信じ……」
誕生日?
え、誕生日!?
彼女の?大樹の?
見つめる先の大樹は、大きく溜息をつく。
え、電話切られた?
思わず立ち上がった私にちょっと吃驚した顔を見せる大樹。
苦笑いで私を見ていて。
「ごめん、誕生日って聞こえた…」
「はい。明日…あ、もう今日だ……一ノ瀬さんに一歳近付きました」
「馬鹿!帰れ!そんな大事な日、祝ってくれる人がいるなら帰りなさい!後は私だけで大丈夫だから!」
コートを持って彼に差し出すと一瞬止まってそれから左右に首を振った。
「一ノ瀬さん残して帰るなんてできません。僕は彼女との誕生日なんかより、明日までに仕上げるこの仕事を選んだんです。大人になったらそんなの当たり前のこと、ですよね?大丈夫です……彼女とは別れるつもりなので、せめて誕生日じゃないほうがいいでしょう」
そう言って笑う大樹。
心が痛かった。
彼にとって辛い誕生日にさせたくはないけど、一人で待ってる彼女の気持ちを考えると辛くて。
「別れる、の…?」
「もう決めました。ずっと別れようと思ってたんでいいんです、本当に。さ、続き頑張りましょ!」
「………」
言葉なんて出なかった。
私のせい?だよね、きっと。
「そんな悲しそうな顔、するんですね一ノ瀬さんも。いつも真面目な顔ばっかり見てるんで、なんか嬉しいです。でもできれば笑ってて欲しい……」
……やだ、やめて。
笑ってて欲しいなんて、思ってもないくせに。
勝手なこと言わないで。
震えそうな身体を腕で押さえて静かに呼吸をする。
「一ノ瀬さん?」
「………」
無言で席に着く私に、大樹も座って作業を再開した。