▼ 主導権2
大樹が戻ってくると、コピー機にシールを入れて大量に印刷する。
とりあえず50000部のシール作成が終わって、後はそれを50000部本に貼り付けるだけ。
これぐらいすぐ終わる、はず。
そう思ってやっているのに、時間だけが着々と過ぎていって、気づくとフロア内には私と大樹の二人きりになっていた。
黙々とシールを貼っている大樹から、不意にぐぅ〜って音が聞こえて。
「あ、お腹空いたよね?ごめん、何か食べようか」
「いえ、平気っす。それより早くやらないと一ノ瀬さん終電なくなっちゃうんで。あでもそしたら自分が責任もって家まで送りますから!」
何だか可笑しかった。
「優しいんだ、佐藤くんは。ありがとう!でも私もお腹空いて集中できないから、何か買ってこない?」
財布を取り出して、ビルの一階にあるコンビニを指さす。
ガタンと椅子を鳴らして立ち上がると、彼も財布を持って私に続いた。
コンビニでお弁当を買ってフロアに戻る。
デスクに置きっぱなしになってた彼のスマホがブーっとバイブ音を鳴らしていて。
「鳴ってるわよ?」
私の問いかけに画面を見るも苦笑いで「いいんです、後でかけ直しますから」そう言った。
別に特に気にせずそのまま二人でお弁当を食べる。
何となく世間話が始まって。
「あの、一ノ瀬さんは、彼氏いますか?」
久しぶりに聞かれた、彼氏いますか?なんて。
若い頃はわりとしょっちゅう聞かれたけど、年を重ねる事に、相手も気を使ってか?そうそう聞かれることもなくて。
「あは。いないんだよねぇ…。完全いき遅れ状態。佐藤くんは?」
私の問いかけに、どうしてか寂しそうに瞳を伏せて。
画面を埋めるLINEのメッセージを見て自嘲的に微笑んだんだ。
「僕、分からなくて…。女の人ってなんで一々疑うんですか?違うって言っても信じてくれなくて、何言っても疑われて。俺浮気なんてしてないのに……」
ほんの少し投げやりな言い方。
きっと彼女も若い子なんだろうって。
「彼女何歳?」
「え、タメです」
「不安は何歳になってもつきものだと思う。女って生き物はね、常に愛を感じていないと不安になっちゃう生き物なの。自分が想う倍以上愛してるって言ってあげないと不安に押し潰されちゃう人もいるんだと思う…」
「一ノ瀬さんは?僕が1日連絡しなかったら不安になりますか?」
「へ、私?」
「……例えばです。もしも僕達がお付き合いしていて、僕と1日連絡取れなくなったら、不安ですか?」
躊躇いながらもそう聞く大樹を見て、ほんの少しだけ心の奥がキュッと締め付けられるような感覚に陥った。
私はお茶をゴクッと飲み干してから考える。
「不安というか、心配にはなるかな。何かあったのかな?って。事故とか事件に巻き込まれてないか?とか。もしかして熱出してぶっ倒れてる?とか。第一に浮気を疑うことはないと思う。佐藤くんが浮気するような人には見えないし!」
「……一ノ瀬さんが僕の彼女だったらよかった」
……なんだって。
冗談でも言って欲しくない言葉なんだけど。