▼ 抱きしめたい4
翌朝目覚めたゆきみさんは、しっかり全部覚えていて…――酷く泣いていた。
それをボーっと見ていた俺は、そのままただ泣いてる彼女を抱きしめるしかできなくて。
「ごめん」って謝る俺をゆきみさんは震える手で抱きしめ返した。
それが俺たちの本当の始まりだったんだ。
俺との行為で直人さんから解放されたゆきみさんは俺からの二度目の誘いを受け入れていくれた。
だからだろうか、俺はいつだってユヅキに優しくできて、ユヅキを可愛いと、好きだと思う気持ちまで強くなっていった。
「おみ、ベッドでして…」
ソファーに押し倒す俺を笑いながらも受け止めるゆきみさんの部屋に、不意にカチャンって音がした。
見つめ合ってキスをしようとしていた俺たちの前で足を止めた。
「…なに、してんだよ…お前ら…」
…直人さんがあり得ないって顔でこっちを見ている。
「直人…」
慌ててゆきみさんの上から飛び降りたけど、もう何を言っても遅い。
やべぇ、人生最大のピンチだ…。
「早く終わったからゆきみの顔見に来たのに、なんなんだよ…」
「直人、ごめん。ごめんなさい…」
ゆきみさんが俺から離れて直人さんの足元に這っていくけど、その手を振り払う。
反動でバランス崩したゆきみさんを俺が慌てて支える。
「直人さん俺が悪いんです、俺がゆきみさんを誘ったんです、ゆきみさんは悪くないですっ!」
「悪くないってなに?お前らキスしてんのって俺に悪くないの?広臣だけのせいでいいわけ?」
淡々と喋る直人さんは正直すげぇ怖い。
こんなんなら怒鳴り散らされた方がまだいい。
「直人ごめんなさい。おみじゃなくて、私が耐えられなかったの、直人とサヤカちゃんのこと…」
それ言っちゃうゆきみさんずりーって思ったけど、それで苦しんでいたのは真実だから。
「直人優しいからサヤカちゃんのこと断り切れないの見ててずっと苦しかったの。おみはその苦しみとってくれた!だから私が悪い!!ごめんなさいっ!!でも私…愛してるのは直人だけ…」
ゆきみさんの泣き声に直人さんの手が震えていて。
なんで俺、ゆきみさん抱いちゃったんだろって。
こんな時に浮かぶユヅキの屈託ない笑顔。
「臣ちゃん、臣ちゃん!」って俺の腕に絡みついてうるせぇくらい俺に愛を注いでくれるユヅキが浮かんで離れねぇ…。
「直人さんすいません。ゆきみさんは許してあげてください」
「…やめろよ、二人とも。なんでそんな庇いあってんの?俺立場ねぇじゃん…マジどうしたらいいの?」
…怒りなのか泣いてるのか、直人さんの声は震えていて。
「帰るわ…。ゆきみ…」
「…直人」
「広臣じゃなくて俺に言えなかった?辛い思いさせて気にかけなかった俺も俺だけど、まず俺に言うべきじゃないの?」
「直人さんに言えなかったから俺に言うしかなかったんすよ」
「黙れよ、登坂!!」
ダンって壁を殴りつける直人さん。
完全にキレてるのを今、感じた。
「入ってくんなよ、頼むから…」
「すいません…自分が帰ります…」
ゆきみさんの肩から手を離してコートを持つと俺はこの家を出た。
終わったんだと。
でもすぐにドアが開いて、振り返った俺に直人さんからの拳が一発。
ドタンって壁に吹っ飛ぶ俺の前、肩で大きく呼吸をする直人さんが「ごめん広臣、二度とくんな…」悲しそうに呟いた。