▼ 抱きしめたい3
カツンっとマンションのエントランスに入って彼女の部屋番号を押す。
「あ、今あけるー!」
そんな声がしてマンションのドアが解除された。
手前にあるエレベーターに乗って8階で降りる。
それから外階段を使って10階まであがる。
それが俺達のルール。
その間にLINEで連絡を取り合って大丈夫か確認してから、ようやく彼女の部屋のピンポンを押した。
すぐにガチャっとドアが開けられてその姿が俺を部屋に迎え入れる。
すぐ様後ろ手で鍵をカチャンってかけながら、俺は彼女を壁に追い込んでキス。
玄関で盛ることなんて茶飯事で。
舌を絡ませながら、腰を抱きながら靴を脱いで奥のリビングへと移動する。
「おみ、お帰りー!」
ギューって俺に抱きつく女をふわりと抱きしめ返した。
「ただいま、ゆきみさん…」
「お酒臭い、結構飲んだの?」
俺のスーツを脱がせながらそう言われて。
「俺よりゆきみさんが飲んだとか。アイツに飲まされたの?」
「うん!だって一人じゃ飲めないって言うから。可愛くてつい飲んじゃった!」
「もー。ゆきみさん酔うと甘え上手なんだからさぁ。俺の前以外ではダメだから…」
思わず口を尖らすと、ニコッと笑って俺の膝の上に座るゆきみさんの手が唇を指で摘む。
は?なにすんの?
そう目で訴えるとケラケラ笑っていて。
「おみ可愛い!ヤキモチ?酔うと触りたくなっちゃう私、心配?」
顔を寄せてスレスレで話すゆきみさんが俺を誘うように耳に唇を掠めていて。
「ヤキモチだし心配だよ。ダメだから俺がいない所で酒飲むの!絶対ダメだから。他の男とかに触るの許さねぇからマジで」
言いながら恥ずかしくて目を逸らすと、すぐにグイッて顔ごとゆきみさんの方にむかされる。
「照れてるおみも、ずっと見てたい!可愛いおみ、だいすき…」
チュッて降りてくるキスに、ゆきみさんを受け止めながら服の上から胸に触れる。
「愛してる?」
俺が聞くと微笑むだけのゆきみさん。
だいすきはくれても愛してるはくれないゆきみさん。
身体の繋がりはくれても、心全部はくれないゆきみさん。
この人の「愛してる」を貰えるのは、直人さんだけだって。
入社して緊張していた俺に屈託のない笑顔で話しかけてくれたのがゆきみさんだった。
どんなに忙しくても俺と会うといつも声をかけてくれるその優しさと笑顔に、好きにならずにはいられなかった。
でも想いを確信した時にはゆきみさんはもう直人さんのもので。
だから諦めて告白してきてくれたユヅキを選んだ。
だけどあの日、そのチャンスは俺に舞い降りた。
真面目だと思っていた直人さんが元カノに付き纏われていて、それで色々あって傷ついていたゆきみさん。
飲めない酒を浴びるように飲んで潰れていたゆきみさん。
「苦しいなら楽になっちゃえばいいよ。俺が楽にしてあげる…」
酔ってたゆきみさんに付け込んだって分かってる。
もしかしたら目が覚めたら覚えてねぇかもしんない。
俺を責める?それとも自分を責める?
そんなのどうでもいいって思たった。
今この繋がりでゆきみさんの気持ちが直人さんから解放されるのなら。
それだけだったんだ―――ユヅキの気持ちなんてこの時は全く考えてなかった。