▼ 傍にいさせて4
――もう誰かに抱きしめられるなんてことないって思っていた。
長いキスを終えた私達。
唇の周りはほんのり唾液で濡れていて…
赤みの強い健二郎の唇がさっきよりも少し腫れているようにも思えた。
「後でリップ縫ってあげるね」
「…ええよ、どーせすぐとれる」
そう言って笑った健二郎。
キュンって胸の奥が掴まれたような感覚だった。
大きな目は真っ直ぐに私を見ていて。
下にいる私を抱きあげて自分の隣のソファーに座らせてくれた。
そのまま肩を抱いて覗き込んだ後、チュって頬に小さなキスを落とす。
「話し聞かせて…。ちゃんと俺が受け止めるから。ユヅキの苦しみ一緒に乗り越えるから…全部俺に預けて…」
ポンポンって健二郎が私の背中を優しく撫でる。
その手の温かさに、心地良さにホッとして私は頷いた。
まだこの会社に入ったばかりの新人のころ。
クリスマスイヴのその日、私は二股をかけられていたことを知って…
幸せだと思って過ごしていた日々が全部偽物だったんだ。
たったそれだけ?って思う人もいるかもしれない。
自分の苦しみを人に分けるのは勇気がいる。
まるで世界で一番自分が不幸になったような気がして…
でも実際そんなことなくて。
人に話した所で何かが変わるわけじゃなかった。
だから自分の心の中に全部閉じ込めた。
それがどれだけ苦しいか、私にしか分らないことなんだろうけど…
「どんな人を見ても…あの男と同じに思えちゃって。被害妄想だって分かってる。分かってるけどどうにもできなくて。こんな自分嫌だって思ってるけど、どうしても誰にも話せなくて…――苦しかった…」
「そうか…。辛かったやんな」
ポンポンって健二郎が背中を軽く叩いてくれる。
一定のテンポでゆっくりと私の中にある闇を解いてくれるような、そんな感覚だった。
本当は誰かに聞いてほしかったのかもしれない。
辛かったな、もう大丈夫だよ…
そう言って貰いたかったのかもしれない。
だけど自分の年齢とくだらないプライドでそれもできなくて、一人で強がることしかできなくて…
「健ちゃん…助けて…」
「助けたる…俺がずっと傍におんねん…安心しぃや。二股も浮気もできひんオトコやから俺。この先俺からユヅキを離すことはないで。ユヅキが俺を離すこと以外はな…」
「…なんか健ちゃんがかっこよく見える…」
「あほか、元からそこそこ男前や!」
「自分で言う人はちがくない?」
涙も笑いに変わるこの感じ、きっとどこ探しても健ちゃんしかいないんだろうな〜って改めて思えた。