彩
鶴丸さんは人を驚かせるのが好きだ。
「きゃっ!?」
洗濯をしようと溜まっていた洗濯物を手に取ると、そこから大きな蜘蛛のような虫が出てきた。
…と思ったらただのおもちゃ。
はあ、とため息を吐いた。
「ははっ、また引っかかった」
「鶴丸さん…」
振り返ればやはりそこには犯人がいる。
絶対鶴丸さんだと思った。うちにこんなことをする人は彼しかいない。
「子供じゃないんですから」
「子供じゃないのに引っかかる君も君だと思うぜ」
おもちゃの虫をつまみながら鶴丸さんは面白そうに言う。
ここ最近、彼はこういう子供じみた悪戯をする。
「君の驚く顔が面白くて、ついね」
彼はもともと人を驚かせるのが好きだけど、ここ最近さらに拍車がかかっている気がする。
私が素直に反応してしまうのがいけないのだろうけど、そこはもう自分の性格なので勘弁してほしい。
「面白がらないでください…」
「君は面白くないかい?人の驚く顔は」
そう言われて鶴丸さんの驚く顔を想像する。
…そういえば、彼の驚く顔ってあまり見たことがない気がする。
「鶴丸さんも驚くことあるんですか?」
「そりゃ驚くさ。現に今そう言われて驚いた」
「そう言いながら表情変わらないじゃないですか」
鶴丸さんは「驚いた」と言いつつも表情は平常のままだ。
鶴丸さんはいつもそう。表情を変えることがほとんどない。
飄々として、つかみどころのない人だ。
「じゃあ俺の表情が変わるぐらい驚かせてみなよ。きっと楽しいぜ?」
鶴丸さんは楽しそうな笑顔でそう言ってくる。
確かに鶴丸さんの驚いた顔にはとても興味がある。
少し頑張ってみようか。そう思いながら、止まっていた洗濯作業を続けることにした。
*
鶴丸さんを驚かせるのが存外難しい。
定番の後ろから突然大声で呼びかけて驚かせる、死んだふりは当然効かなかった。
相手は人を驚かせるのが趣味どころか日常レベルの人なのだ。
私がどんな手で来るかはある程度予想していたのだろう。
「鶴丸さん、全然驚いてくれませんね…」
「君は捻りが足りないんだよ」
鶴丸さんは蛇のぬいぐるみを振り回しながらそう言う。
先日私が彼の服に忍ばせたものだ。まあ当然彼は驚かなかったのだけど。
そして今日、仕返しとばかりにそのまま同じことをやり返された。
一度自分でやったことなのに、私はそれはもう驚いてしまったのだ。
「君は単純だな」
「鶴丸さんがつかみどころなさすぎるんです」
「そうかな?」
「そうですよ…どうしてそんなに人のこと驚かせたがるんです?」
結局鶴丸さんを驚かせることはできなかったので、イマイチ楽しさはわからないままだ。
「最近は私のことばかり驚かせようとするし」
「それは気付いてたのか」
「?そりゃ気付きますよ」
鶴丸さんはいろんな人を驚かせていたけど、ここ最近はその対象が私だけになっていることには嫌でも気づく。
おかげで私の心臓はフル稼働状態だ。
「そんなのは単純さ。好きな子の驚く顔が可愛ければ、驚かせたくなるだろう?」
鶴丸さんの言葉に目を丸くする。
そんな私の様子を見て、鶴丸さんは面白そうに大声で笑った。
「はは、その顔だ!」
「!か、からかってます!?」
「いや、本気だよ」
未だ笑いが止まらないのか、肩を震わせながら鶴丸さんは言う。
やっぱり彼は掴めない。今の言葉だって、そんな言い方じゃ本気に思えない。
「…鶴丸さん」
「ん?」
彼の隣に座って、くいと着物の裾を引っ張った。
優しい表情を向けてくれる彼の顔をじっと見る。
これで驚いてくれるだろうか。
意を決して、彼の唇にキスをした。
「!」
ゆっくリ唇を離すと、目を見開いた鶴丸さんが私の視界に入る。
「…驚きました?」
「驚いたな」
「きゃっ」
鶴丸さんは私の背中に腕を回して、ぎゅっと私を抱きしめる。
彼の胸に耳を寄せると、心臓の鼓動が高鳴っていることが感じられる。
ああ、やっと成功したのだ。
少しだけ勝ち誇った気分になる。
「好きだよ、あるじ」
「!」
突然耳元で囁かれて、顔がかあっと赤くなる。
慌てて鶴丸さんの顔を見ると、今度は彼が勝ち誇った顔をしている。
「その顔だ。最高だよ」
そう言って今度は鶴丸さんからキスをする。
この人といれば、きっと一生飽きないのだろう。そう思いながら鶴丸さんに抱き付いた。