月と涙
ほろり。月を見上げて涙を流す娘が嘆く。
『なんで…?』
帰りたい。家に帰りたい。父に、母に、友人に会いたい。でも帰れない。
なんで。どうして。
いくつもいくつも零れ落ちる現世への未練。
この子はまだ若い。
俺たちからすればそれこそ幼子のような娘。
瞬きの時しか生きていない人の子。
本来であればこの子には十分に選択の余地があるこれからがあるはずだった。
だが、この子はは長くここに在りすぎた。
娘は若いが、もう随分と長く審神者として戦い続けた。
俺が会った時、この子は今よりもさらに若かった。
若くして審神者に選ばれ早く戦いを終わらたいのだと戦った。
政府とやらの命で、人の世の為に歴史を自分で選び生きた者の為に、何より自分の大切な存在の為にと。
戦いなど知らなかったであろうに俺たちが少しでも傷付かずに済むようにと学び、それでも深手を負えば酷く狼狽えながら手入れを施した。
刀であった俺たちに心を宿し、情を移した娘。
笑い方を泣き方を怒り方を教えた娘。
共に過ごした時は人にとってそれなりに長く、交わした言の葉は数えきれない。
戦いが終われば俺たちとは会えなくなるかもしれないのは寂しいとも話していた。
それでも本来は会えるはずなどなかったのだから、別れを思い悲しむより今を大切にしたいと言いながら共に過ごした。
そうしてようやっと、終わった。
戦って戦って戦って。ようやっと。
だが、この子はまだここに居る。
俺たちが隠したわけではない。
俺たちも帰りたがっていたのを聞いていた。
この子とっては長いこれからも、俺たちにとっては短いもの。
次を待つ覚悟くらいしていた。
だがこの子は帰れなかった。
長く本丸という空間に在りすぎた。
長く俺たちと在りすぎた。
かけた時間はこの子をただ人でなくすには十分だった。
故に、この子はまだここに在るまま帰れずこうして泣いている。
抱き上げて、あやすように頭を撫でても泣き止まない。
ほろりほろりと拭ってやっても止まる気配のない涙。
眦に溜まる涙を吸い取れば辛い。
俺も長い時を在り続けたが、それでもこの子の泣き止ませ方は分からない。
笑い方を泣き方を怒り方は教わったが、泣き止ませ方など教わらなかった。
泣くな。そう抱く腕に力を込めてもその涙は止まらない。
母御の元に帰してやれれば泣き止むのだろうが俺にはその方法も分からない。
天下五剣。
もっとも優美だなどと褒めそやされながら、たった一人のいとし子を泣き止ませることもできぬとはな。
どうすれば人の子は泣き止むのか。
答えの分からぬ問いを繰り返し、俺はまたいとし子の涙を拭う。