俺の戦姫
俺の手から離れた刀を拾い上げ、彼女は俺の前に立つ。
「山姥切国広。そこから動くな」
言霊が俺を縛る。そして、守るべき存在に守られる。
屈辱であるはずなのに、彼女の霊力に包まれた本体に安心してしまう。
「守られるべき存在だと思ってるね? あたしはそんじょそこらの軟な人間とは違うんだよ」
そんなことはわかっている。それでも、あんたを守りたいんだ。
言葉は口から出ることなく消える。
まるで馬の尻尾のような黒髪が大きく揺れる。
「さあ、狩りの始まりだ」
ふわりと風が彼女を包む。白いシャツの上に――たしかベストだったはず――が現れる。
彼女は細い棒がかかとについた靴で強く地面を斬って青の中へと突っ込んでいく。
“あんたはあたしの相棒さ”
すごく嬉しかった。だけど、気づいたら俺はそれ以上を求めてしまっていて。
だからそれを伝えた時
“けど、あたしは贄にも花嫁にもなれないよ”
と、断られた。何度それを聞かされていても、やっぱりショックだった。
気づいたら本丸を飛び出していて。
戦場で一人頭を冷やしていたら検非違使と遭遇して。慌てて帰ろうとするも、退路を断たれてしまって。
中傷にされ、その上刀まで吹き飛ばされてしまって。死を、破壊されることを覚悟した。
そこに現れたのは、揺れる黒髪と、眩しい白いシャツ。そしてスカートから覗く長い足。
“馬鹿野郎!”
ゴンっと鈍い音とともに頭に痛みが走り、俺は地面と口づけをしていた。
地面との口づけから解放されたと思ったら、泣きそうな顔をしていた。
“あんたがいなくなったらあたしはどうしたらいいの”
俺なんかのために泣いてくれるのか。と言ったら再び地面と口づけしていた。
解せぬ。
それから彼女は俺を拾い上げた。
そして今に至る。
いつの間にか彼女の手には刀が増えていて。二本の刀で彼女はまるで踊るように戦っている。
美しい。
素直にそう思った。
戦場で舞う彼女は何度も見ている。だけど、今日は違う。俺のために、俺のためだけに戦ってくれている。自然と口角が上がってくる。
重い体を何とか持ち上げて起き上がり、座る。
二本の刀だけじゃなく、脚にも刀を一本ずつ挟み、地面に一切着地することなく検非違使をなぎ倒していく。
あの人、いつ人間をやめた。いや、もともと人間をやめていたな。一人納得してあの人が闘い終わるのを待つ。
「おう、起きれたか」
俺の峰で肩を叩きながら、空いている片手に靴を持っている。
「ほれ、鞘にしまいな」
「ああ、ありがとう」
受け取って鞘にしまう。彼女は靴を履いている。
まだ暖かな霊力に包まれている。それが嬉しくて、鞘ごと抱きしめていると、再び地面と口づけ。
「痛いぞ」
「勝手に飛び出したあんたが悪い」
「わかっている。けど、俺はあんたを諦めきれない」
「まだ言う?」
「ああ。あんたが俺を選んでくれるまで何度でも言う」
「だーかーらー。あたしはあんたの贄にも嫁にもなれないし、神隠しすらできないって言ってるでしょ」
「それを受け入れてる。だとしても、俺は何度でも言う。俺はあんたが好きだ」
頭を押し付ける力が強くなる。一瞬力が緩まった隙を見て見上げると、ほんのり頬が赤く染まっていた。
どうしてくれようか。いつも以上に彼女が可愛く見える。これが
「恋、なのか?」
「知るか!!」
またも勢い良く地面に顔を押し付けられる。
そういうところが可愛いのだと言ったら今度は地面に穴が開きそうだから言わないでおこう。
「はあ。何も言わないで来ちゃったからみんなうるさいだろうなあ」
「え?」
「あ? だって秋田が『主君、大変です! 山姥切さんがゲートを勝手に!』って血相を抱えて部屋に飛び込んできたからほとんど支度もしないで駆け付けたんだよ?」
感謝してよね。
と、彼女は手を差し出してくる。俺はそれに掴まり、立ち上がる。
彼女が俺のために。それが本当に嬉しくて。笑みがこぼれる。
「山姥君、あんた美人なんだからもっと笑ったほうがいいよ?」
下から覗き込んでくる彼女の顔は土埃で汚れている。布で軽くこすれば少し綺麗になる。満足して一人頷いていると、彼女はまたほんのり顔を赤く染める。
だめだ。俺の思考が人間に近くなっているのか、彼女が可愛すぎて仕方ない。それしか言えない。
「……」
「え?」
「聞こえなかったならもう一度言ってやんよ」
彼女は立ち止まって、俺の耳に口を近づける。
「あんたは最初で最後のあたしの相棒だ。あんたを失くしたらあたしは」
何としてでも死を選ぶよ。
思わず彼女を見る。彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべている。
「あんた、死ねないだろう?」
「それでも何とかして死んでやるよ。後追いだ。愛情たっぷりだろう?」
「それはそうだが……他の連中が黙ってないぞ」
「かまわないさ。それだけあたしがあんたを愛してるってこどだよ」
「なっ」
彼女は立ち止った俺からどんどん離れていく。
今度は俺が赤面する番だった。
「好きだ 」
「ん? 何してんの。おいてくよ」
「あ、ああ」
差し出された手を繋ぐ。
「あー。山姥君、みんなにやられるのは必須だと思っててね」
「わかっている」
「もし、あたしが無茶しそうになったら止めてよ」
「あんたはいつも無茶しているだろう」
「はは、そうだねえ。その時は、あんたが助けに来てくれるんだろう?」
「もちろんだ」
立ち止まって見つめ合う。少し屈んで俺は。
そのあと、本丸に帰った俺は主を独り占めしたからという理由でほぼ全員から攻撃を食らった。
彼女はそれを止めることなく、楽しそうに俺達を見ていた。