あなたの未来は明日にない
「墓から取り出されたとき、どうでしたか?相手を恨みました?それとも」
掬われたと、思いました?
夜の帳が降りた四つ時。それは庭の見える縁側に座り込み、他愛もない会話を続けていた矢先の出来事だった。感情の見えない瞳で主は見透かしたように問うてきた。
何故気づかれたのか、なんて問いに意味はない。初めからその可能性には気づいていて、敢えて今まで触れなかっただけのことだ。それを不誠実だと蔑むような人ではないことは年月を経て理解していた。
だから口を開く。見ないふりをしていた、見ることを拒んでいた心の奥底、深層にようやく触れる。
「…ああ、心底良かったと安堵した」
情けない刀だと思った。忠誠を誓った主人と共に眠ることを拒否するような、意気地のない刀など語り草にもならない。本当は存在してすらならないのだろう。
それでも俺は、怖かった。
誰にも触れられず、誰にも使われず、地面の下で錆びて土に還るのを待つ。終わりが何時になるかなど分からない。ただただ終わるのを待ち続ける。
どうせなら折れて終わりたかった、そんな後悔だけが恐怖の理由ではなかった。ただ折れるのではなく、捧げられることで刀の終わりを迎えるのが、人の声すら聞けず壊れていくのが、嘗て忠誠を誓った主人が朽ちるのを見続けるのが、酷く恐ろしかった。
だから墓から取り出されたとき、主人から引き離される哀惜の裏、主人を裏切るような感情を抱いていた。そして今までそれに気づかないふりをして、笑っていた。
「いっそ、嘲ってくれないか?主」
主人への忠誠すら捨てた刀を、汚いと、貶めてくれないか。
「嫌ですよ」
俺の縋るような提案を、主は躊躇なく却下する。分かりきった答えに、そうかと相槌を打った。
「私が何をしてもその傷は癒えないでしょう。貴方が貴方自身を責め続ける限り癒えるはずがありません」
「…ああ、そうだな」
俺以上に俺を理解した主の言葉を肯定する。
掬われても、救われるわけではないのだ。主人から離される哀惜もまた、確かに俺は感じていたのだから。
「すまない、らしくもなく変なことを言ってしまったな」
「何を今更」
照れ笑いを装って謝罪すれば、主はいつも通りの返しで一蹴する。
ああ、変わらない。軽く溜め息を吐く主を、安堵しつつ見つめた。
「なあ主」
「何でしょうか?」
「君は俺を救ってくれるか?」
視線を上げた主に俺は問う。抽象的なその問いに俺は答えを用意してはいなかった、正解を考えることすら放棄していた。
何故なら彼女の答えは、何時だって決まっている。
「ええ」
期待を裏切ることなく、あっさりと主は頷いた。
「私が死ぬときは貴方も連れていきましょう」
「…そうか」
満足げに俺は笑う。主が答えを出したこと自体が俺にとっては重要だった。
だって俺にとっての正解は、彼女の答えに他ならないのだから。刀にとっての正解は、主の意志に他ならないのだから。刀は、主に従うことが正解なのだから。
だから。