二度と散らない
虫の音が聞こえる。静かな夏の夜、あるじは自室で一人本を読んでいた。がらり、と障子の開く音に顔をあげると、目に入るのは小さくて細身の少年。近侍である薬研藤四郎が立っていた。
「悪ぃな、ちっと邪魔するぜ」
「どうしたの、眠れない?」
「いや、そうじゃないんだが」
少し前に出て、彼はぱっと目の前に手を出した。
「花火やろうや、大将」
夏の夜空は星が満天に広がり、視線を下げればこれまた色とりどりの満開の花。どこを見ても綺麗だ。
薬研が持ってきたのは良くある花火セットだった。遠征先で買ったらしい。ススキ花火に変色花火、順番に手にとっては驚いたり笑いあったり。最後はやっぱり線香花火だろう!と、どちらが火を長く保てるかを勝負していた。
ぱちぱち、と小さく燃える音。
「なあ大将。線香花火の一生、ってのを知ってるか?」
「知らない。一生なんてあるの?」
「ああ。教えてやろうか?」
あるじは頷いた。
薬研は少し悪い気はしたが、兄に聞いたという事は黙っていた。せっかく二人で居るのに他の名前を出したくない、例え兄だとしてもそう思ってしまう自分もまだまだ青いもんだ、と心の中で苦笑する。
「線香花火には四つの段階がある。蕾、牡丹、松葉、散り菊ってな。それぞれ生命の誕生、青春、出産…俺っちには関係ないが、そんで最後は終わりってな。」
「薬研は物知りだね」
「俺っちは常識だと思ってたがな」
そう言って、したり顔。私は知らないもん!と言ってぽかぽかと叩かれる事すら嬉しくなる。随時毒されたもんだ。
火は段々と勢いを増し、ぱちぱちと周りに火の粉を飛ばし始めた。
「俺はな、」しばらくして薬研が言った。
「俺は、あんたが大将で良かった」
「…どうしたの、急に」
「俺が、織田の刀だってのは知ってるだろ?俺は確かに本能寺で焼けた。おしまいだ、って思ったんだ。散っていく菊みてえに綺麗じゃないが、終焉だってな。あれだけ戦ったのに焼け死ぬなんて、悔しかった」
「…やげ、」
「辛い話しちまったな、悪い。此処からが本題だぜ」
薬研はすうっ、と息を吸った。
「俺は散り菊を迎えたんだ。だけど今また、戦場に出ていける。兄弟たちや同輩と一緒に居られる。もちろん他の刀とも。そうできるのは、全部大将のおかげだ」
また息を吸う。あるじの手に手を重ね、藤色の双眸があるじを捉える。
「大将が俺を呼んでくれたから、今の俺がある。こうして大将の隣で居られる。あのままだと俺は今頃土の中で一人っきりさ」
ぽとり、と線香花火の火が落ちる。
「あるじ」
暗闇で不意に自分の真名が呼ばれる、と同時に感じるのは背中に回る腕の感触。
「本当に、ありがとう。あるじのおかげで俺はまた生きる事が出来た。こうして大将の隣で居られるなんて、…上手く言えねえが、牡丹さ。もう、俺は散ったりなんかしないぜ、誓う」
腕の力が強くなった。トクトク、と少し駆け足の互いの鼓動を感じていた。
なんて、頼もしいんだろう。小さい体に辛さや悲しみがこれだけ詰まっているのに。
「…私だって、折ったりなんか、しないよ。一番だもん」
「…っはは、一番か。そりゃあ頑張らねぇとな」
「こちらこそ、ありがとう」
「ああ。……」
小さな肩が震えていた。泣いているのだろう。彼の悲しみを全て無くしてあげたい。代わりになってしまいたい。「大丈夫だよ」とあるじは薬研をきゅっと抱きしめ、彼の背中を撫でていた。