真名の守り刀
ぼくは、今剣。よしつねこうのまもりがたなでした。
いまはあるじさまのまもりがたなです!どうだ、すごいでしょう?
なぜ、まもりがたななのか……ですか?それは、ぼくだけがあるじさまのまことのなをしっているからです。
あるじさまは、ぼくにたのみました。じぶんがかたなにみいられないようにまなをおしえると。
あるじさまにとって、ぼくはさいしょにきたたんとうです。しょきがたなのつぎに、であったかたなでした。
「あるじさま、どうしてぼくなのですか?」
ぼくはききました。あるじさまはわらっていいました。
「貴方が義経公の守り刀であった時、最後まで一緒だったのでしょう?」「はい」
「でしたら、私の名前も守ってくれると思ったのですよ」
ぼくはとてもうれしかったのをおぼえています。ぼくだけがしっている、あるじさまのなまえ。
ほかのだれにもわたしてはいけないのです。かみかくしをされてはいけない。あいてが岩融であっても。
ぼくはだいじに、だいじに。わすれないようにくちのなかでなんどもあるじさまのなをとなえました。もちろん、だれにもいわないようにきをつけて。
ですが、やさしいあるじさま。たんとうたちにも、たちにも。だれにでもやさしすぎたのです。
しだいにみな、あるじをうしなうことをおそれはじめました。
とうけんならば、かたなならばきずついてもなおせる。
しかしにんげんは。ひとはきずついてもすぐにはなおせません。ぼくたちのように、あるじをうしなったかたなにはそれがよくわかっていました。
さいしょにかみかくしをかんがえたのは、いがいにも大倶利伽羅でした。
だてまさむねこう。やまいでくるしんだあるじをおもいだし、あるじさまもそうはならないかとしんぱいしていいだしたのです。
「いけません!かみかくしはときのせいふとやらにきんじられています!」
ぼくはとめました。あるじさまがしれば、かなしむでしょう。せいふにしられれば、かたなたちはおられてしまいます。
それがやくそくなのですから。
「しかし、今剣」「人の子は弱いぞ。末席と言えど神の眷属になれば死ぬ事もあるまい」
「石切丸!岩融までなにをいうのですか!」
とうけんたちは、かみかくしのじゅんびをはじめてしまいました。しんきをあるじさまにたくわえさせようとしていました。
いけないことだと、みなわかっているはずなのに。
「あるじさま!」「おや、今剣。どうしたのですか?そのように私に甘えるとは」
「ふふ、ないしょです」
あるじさまにはないしょで。ぼくはふれたてから、せなから、できるだけしんきをそとへとにがしました。
それがとめることのできなかったぼくにできる、ゆいいつのことでした。
そうしているうちに、とうけんたちはしんきをだれかがそとへだしていることにきづいてしまいました。
ためさせてもためさせても、ぼくがにがしているのですからとうぜんですけどね。
とうけんたちは、さいしゅうしゅだんをつかいました。
「主よ、俺の目を見てはくれんか?」「三日月の目、ですか?」
てんかごけんといわれる三日月なら、ゆうわくできるとおもったにちがいありません。ぼくがとおりかかっていなければ、たいへんでした。
「そう、綺麗であろう?」「ええ……」「主よ、俺を手元に置いておきたいだろう?」「……そう、ですね……」
「この爺に、主の真名を教えておくれ」
「三日月!!!!」
ぼくはみかづきとあるじさまのあいだにわってはいり、あるじさまのめをかくしました。
「今、剣……?」「あるじさま、よいというまでうごかないでください」
「今剣、邪魔をするか?」「三日月のしれもの……!あるじさまのまなをきこうとは!」
「そなたも思うておるのではないのか?主を隠せば危険はない」「だからとあるじさまのいにそわぬことをしていいはずがない!」
ぼくはこのとき、あるじさまをまもれるのはぼくひとりなのだとおもいました。みかづきもですが、つるまるもいちごひとふりもみな、あるじさまをまどわせてまなをきこうとしているのです。
「……ねえ、今剣」「なんですか、あるじさま」
あるじさまも、ふしんにおもったようでした。なんどもなんども、まなをきいてくるとうけんたちですから。
「もしかして、私は神隠しをされそうになっているのでしょうかね」「……」
ぼくは、こたえることができませんでした。とめられなくてごめんなさいとあやまることも、そうじゃないとうそをつくことも。
「やはり、貴方は私の守り刀なんですね。義経公のように、私を守ってくれる」「それが、あるじさまのまなをまもるもののやくめですから!」
あるじさまは「ありがとう」といってわらったあと、どこかかなしげにつぶやきました。
「どこで、私は間違ったのでしょうか。神隠しされなくてはならないほどに頼りなく見えたのでしょうか」
ぼくは、そのときのあるじさまのかなしそうなかおはもうみたくありませんでした。
ぼくのじまんのあるじさまなのに。どうして、あるじさまがじぶんをせめなくてはいけないの。
それから、ひとつき。ふたつき。みつき……。
むつきすぎたころ、まなをえられないとおもったとうけんたちはきょうせいてきにかくそうとしはじめました。
そのさいに、ぼくをはかいすればあるじさまをらくにかみかくしできる。
「今剣よ、どこだ!いつものように遊んでやろうぞ!」
岩融。ぼくはいつからあなたとあそんでいないとおもっているのですか?
「今剣、ほれ。蹴鞠でもしよう」
三日月。ぼくがしれものといったのをわすれているのですか?
「今剣。こちらにおいで、短刀達が待っているよ」
石切丸。そんなことばでしんじるとおもっているのですか?
「今剣、こちらで共に昼寝でもせぬか?」
小狐丸。しっているのですよ、あるじさまにけをすいてもらっているあいだにけをとおしてしんきをむりやりながしましたね?
「……今剣、やはり勘違いなのでは」「なにをいうのですか、あるじさま。まどわされてはいけません」
つらいだろうことを、あるじさまにつげました。でも、ここでほかのとうけんたちにひきわたしたら……ぼくはあるじさまのまもりがたなしっかくです。げーとのすぐそばまでいるのに。
「こんのすけ、げーとをあけてください。せいふにれんらくを」「分かりました」
こんのすけがすぐにうごきました。げーとがあいて、あるじさまをせいふにむかわせたら……。それでぼくはあるじさまのまもりがたなとして、むねをはっていられます。
「あっ!」
あいぜんくにとしにみつかりました。さすがたんとうさいそくですね……。
あいぜんのことばに、とうけんがむかってくるあしおとがきこえます。
「あるじさま、もうすぐげーとがひらきます。げーとがひらいたらふりかえらないでいってください」「ですが、今剣は」
ぼくをねらって、はせべがかたなをふるってきました。ぼくじしんでまもりながら、あるじさまのまえにたちました。
できるだけ、じかんをかせごうとしたのですが……。さすがに、ぼくひとりだとながくはもちませんね。
「今剣!」
あるじさまが、ぼくにむかってさけびました。でも、ぼくはわらったんです。なかないでって。ぼくはあるじさまをまもれてうれしいんだって。
きしむおとがしながら、げーとがひらきました。けれどもあるじさまはうごこうとしません。
「ゲートを閉じろ!主に逃げられるぞ!」「させませんよ……!」
しんけんひっさつで、げーとをとじさせようとしたおてぎねをじゅうしょうにしました。れんどのさですよ、ざまーみろです。
「あるじさま!いってください!!」「でも!」
そのとき、ぼくははじめてよんだんです。
「あるじ!」「!!」
それはあるじさまのまなではありません。ぼくは、あるじさまのまなをふうじました。
「げーとをくぐって、せいふへにげなさい!」
まなではなくても、まなをしっているぼくのあたえたなまえでたましいをしばることができました。さいしょでさいごの、かみとしてのめいれいでした。
「っ……!」
あるじさまはなにかいいたげでしたが、からだはぼくのいうとおりにげーとをくぐってきえました。
こんのすけはだれもとおさないよう、げーとをすぐにとじました。これでだれもとおることはできません。
「……は、はは」
ぼくはわらいました。よかった……ぼくはあるじさまをしなせることなく、あるじさまのまもりがたなになれたんです。
「今剣……」
岩融がぼくをかなしいめでみていました。三日月がぼくにちかづいていいました。
「そなた、主の真名を知っておったのか」
ぼくはわらっていいました。ぱきり、とからだからおとがします。
「はい。しっていました。だって、ぼくはあるじさまのまもりがたなですから!」
ぱきり、ぱきり。ひびがはいっていますね。
あしがきえはじめました。
「あるじさまのまなを、あとからきこうとしてもむだですよ。ぼくがあるじさまのまなをふうじました。もう、こたえてはくれません」
にこりとわらったのに。どうしてなきそうなかおなのです?岩融。みな、なきそうです。どうして?ぼくはこんなにしあわせなのに。
「あるじさまのまなは、ぼくがもっていきます。あるじさまをもうにどと、かなしませないでくださいね」
あるじさまをなかせるとうけんは、ぼくがゆるさない。このままこわれたあとも、まなをふうじたことでぼくはあるじさまをまもりつづけます。
さいごにみあげたそらは、むらさきのきれいなそらでした。
「そらが……きれい……むらさきの、くも、が……」
岩融は、今剣の日記を見ていた。趣味だと言ってつけていた日記だ。
あれから、本丸の刀剣は刀解か神隠ししない事を条件に他の主へと渡された。主は他の新しい本丸へと移ったらしい。
「すまぬ、今剣……」
岩融の中には、後悔と少しの羨望があった。
最後まで、主を守りきった守り刀に。
「どうしたの?岩融。元気ないよー?」
「どうしたのでしょうね?あるじさま」
この本丸には、主と同じくらいの女審神者がいた。今剣もいる。
だからこそ、岩融は決心した。次は自分も今剣と同じように主を守るのだと。