ご執心
「いつもご贔屓にどうも。」
多いときには週に一度ほどの頻度でたこやきを買いにくる人がいる。歳は若いほうだろうか、いつも花が咲いたようなかわいらしい笑顔で世間話に付き合ってくれる、女の私から見ても感じの良い女性だった。しかし歳のわりにやけにきれいな着物に身を包みしかもかならず端正な顔立ちの殿方がおひとり(それも決まったひとりではない)傍についているので不思議な方だとは思っていた。その女性が【審神者】であると知ったのはついこのあいだのことだ。毎度まいどいったい何人分必要なんだと思うほど大量に商品を購入していく人だったのでより記憶には残っていたのだが、前回の来店のときいっしょに来ていた赤い爪をした男性が彼女を呼ぶときに「あるじ」と口走ったのを聞き、ようやく点と点とがつながる。
『あの、もしかして・・・。』
『しー。すみません、ナイショにしててください。』
いたずらがばれてしまった少女かのような表情をうかべた彼女が私に顔を寄せてささやく。失態に気づいたお付きの方が深刻そうな顔で謝っているのを見、ぜったいにこれは口外してはならないことなのだろうと悟る。世間に審神者や刀剣男士という存在が知られているとはいえその実態を晒すことはあってはならないのだろう。その場ではただうなずくしかできなかった。
「今回はおひとりだったんですね。」
本日買いに来てくれたのはそのときの男性ではなく、それ以前に何度かお見かけしたことのある軍服のようなデザインのものを纏った水色髪の男性だった。物腰がやわらかで主人以外にもいつも笑顔、私はこの人に見つめられるとじっと視線を合わせていることができない。
「ええ、そうなんです。お嬢さまは仕事から手が離せませんで。」
お待たせいたしました、と声をおかけすれば奥で歓談していた男性がふわりと振り返った。いっしょにいて話をしていたアルバイトの女子高生、サキちゃんはこの方にすっかり夢中なようで、来られるたびにああして自分の仕事も忘れて彼を引きとめていた。この方があの歴史修正主義者と戦う刀剣男士で、その主人は特別な力を持ち彼らを従えている政府の審神者であるということなど、彼女は知らないのだ。
『一期さんこのあとお時間ありますか?ごはん行きましょうよ!』
なにも知らないというのはおそろしいものだと、この瞬間ほど感じたことはないと思う。恋に夢中の彼女はこの美しい彼をわが物にしたいとそれしか頭にないのだろう。
『申し訳ありません。すぐに帰ってこれを家の者に届けなければ。』
『あっそれならあたし手伝います!ひとりじゃ持って帰るの大変ですよね?』
『はは、いや、大変ありがたいのですが・・・。』
『サキちゃんだめだよ、お客さま困らせちゃ。』
『でも店長!あたし本気なんです!一期さん、せめて途中までごいっしょさせてください、だめですか・・・?』
本気なんです、って、何に。サキちゃんが一期さんの手をにぎって目になみだを浮かべだしたときはどうしようかと思った。彼も困惑していたのは同じで、押しの強さにきっぱりと断わりを入れることもできず彼女をなだめることに必死なようだった。それは彼の男性としてのやさしさなのだろうがあの手の女の子は「またつぎの機会に。」だなんて言ったら確実にその気になるし簡単にはあきらめない。結果として彼はもうここには来づらくなってしまった。
「ほんとうに、すみません、うちのアルバイトが、」
「いえ。人に好意を持たれるというのは純粋にうれしいものですよ。しかし彼女を傷つけ貴女にも気を遣わせてしまいました、私がこういったことに慣れていないせいですね・・・。」
「そんな・・・!しかたないですよ・・・!」
不貞腐れたサキちゃんを店番に残し私が一期さんの見送りにいっしょに店の外へと出たのだが、どうにも気まずくてしかたがない。サキちゃんは店内のカウンターでぐずぐず泣いてしまっているし出来立てだったはずのたこ焼きはだらだらと汗をかきビニール袋を濡らしている。わりかし人の往来が多いこの通りだから夕方のこの時間帯になっても道ゆく町人はせかせかと流れていた。私たちはそんな人の波を眺めながら会話をかわす。
「はは、ありがとうございます。」
いつも笑顔をたやさない人だと思っていたがどうやら違う。彼の見せる笑みには万人に向ける陽だまりのようなぽかぽかとあたたかいもの、困ったときの眉を寄せた苦笑いのもの、それから、主人にだけ向ける惚けたものとがあると知った。もし刀剣男士も恋をするのなら彼の相手はきっとあの方で、そして彼はとてもそういう面ではわかりやすい部類の人だ。だとすれば今日なんとなく表情が暗いような気がしていたのはあの方が来られなかったからなのだろうか、そもそも彼らはふだんどんな生活をしているのだろう、私たちは審神者を存在そのものを認知しているとはいえその公務以外の情報は何も与えられていない、一町人がそれについて深く知ることもまた許されないのだろうけれど。
「お騒がせいたしました、それでは。」
「・・・一期さんっ」
会釈のために下げた頭をふたたび引き上げ、きょとんと私を見つめる。この人の名前をこうして口に出して呼ぶのは初めてだった、おかしいくらいに心臓が鳴っている。これじゃあまるで私までこの人にご執心みたいじゃないか、とんでもない、とんでもなく畏れ多い。
「今度はぜひあの方とお越しください。サービスしますよ。」
とびきり元気な顔で見送ろうと努めればいつもはこんなことはないのに何故だかすこし頬がひきつってしまった気がした。けれど一期さんはこちらの言わんとすることを汲み取ってくれたのか本日いちばんの笑みを返してくれる。あーあ、やっぱり、すきなんだろうなぁ。