心優しき獅子に告ぐ
元々は太刀であった刀剣男士のなかで彼は特に小柄なほうだった。幼く見える容姿に大人びているとは決して言えない振る舞い。細く軽く作られた身体は彼がかつての主のためを思って打たれたという証であり、送り主の優しさの結晶でもあるのだが、戦場へと赴かせるには心もとなく感じてしまった。もうすでに本丸へと来てくれている他の太刀の皆は、体格も良く頼り甲斐のある雰囲気を持っている。だからこそ余計に彼がか弱く見えた。
「……なあ、俺も戦に出さしてくれよ。いっぱい活躍すっからさ」
彼のほうからそんなことを言い出してきたのは、彼が本丸に来てから一週間ほど経った頃だった。出陣させる気配どころか内番も遠征も頼む気配を一向に見せない私にとうとう痺れを切らしたらしい。その表情は険しいものだった。初めて本丸に来たあの日、眩しい笑顔で同じ言葉を言った彼とは別人ではないのかと、目を疑うほどに。
「ごめんね、獅子王くん。私も戦に出してあげたい気持ちは山々なんだけど……」
彼を戦場に出さない理由は、彼を壊してしまいたくはないから。何故それを理解してくれないのだろう。私は彼のことを考えてこうしているのだ。彼にこんな顔をさせているのもこんなことを言わせているのも自分だと罪悪感を感じているのに、頭の中で言い訳のようにつらつらと言葉を並べ続ける。
「俺じゃ頼りねえか?」
その言葉は鋭く胸に突き刺さった。ごちゃごちゃと考えていた頭の霧がすっと晴れていく。心のどこかで、彼には私の考えていることを察することなどできないと思い込んでいたのかもしれない。いや、そう思い込むことで彼の本心へと目を向けようとしていなかったのだ。彼の考えていることは純粋で真っ直ぐで、読み取るのは容易い。それでも私の意見とは違うからと無視していた。それは本当に、優しさであったのだろうか。
「……ごめん。少し、そう思っちゃったんだ」
「……だよな。俺、皆と比べて軽いし小せえし、すぐ折れちまいそうだもんな」
「そんなこと……!」
瞬間、音を立てて破壊された襖。こんな場所にいるはずのない歴史改変主義者の襲撃だと気付くのと、その刃が振り上げられたのはほぼ同時だった。
「獅子王くん、逃げっ……!」
言い終わるよりも早く、目の前に立ちはだかっていた黒い影はくずおれた。その後ろで静かに刀を収めた彼の姿を見て私はようやく何が起こったのかを理解する。
「部屋で刀抜いちまって悪かったな。でもこれで、もう俺のこと頼りねえなんて思わねえだろ?」
出会った時に見せた、あの自信に満ち溢れた表情を、彼はしていた。あんなに小さく思えていた背中が今は大きく見える。ああ、きっとこれこそが本当の優しさなのだろうと、まだ上手く働かない頭でぼんやりと考えた。優しさを履き違えたエゴを押しつけても彼は、私を主と認めて言葉を掛けてくれるのだ。私のために、刀を振るってくれるのだ。
「……よろしくね、獅子王くん」
「おう、任せとけ!」
こんなにも私より幼く見えるけれど、忘れていた。彼は私よりずっと長くこの世に存在してきたのだ。色々な人の優しさによって生まれ、支えられ、きっとそうして生きてきたのだ。その優しさを私にも教えてもらえたら、と無意識に頼りにしている自分を、数分前の私には想像できなかっただろう。
金色に輝く髪をなびかせて、戦場を勇猛果敢に駆けていく獅子の姿が、瞼の裏に浮かんで消えた。