夜型あるじと加州清光
「おーい、朝だぞー!」
加州清光は襖の向こうへ呼びかけるが、返事がない。それどころか何かが動く気配すらない。
「あーるーじー!!」
今度は少し大きな声で呼んでみる。やはり反応はない。
「ったく……」
整えた髪を乱さない程度に頭をかいて、清光はため息をついた。
出会ってからまだ二日しか経っていないが、どうやら新しい主はかなり寝起きが悪いらしい。放っておくといつまでも寝ていそうだ。
誰も起こしに行かなかった昨日などは正午を過ぎても起きてこなかった。まさか倒れているのかと前田藤四郎と共に慌てて様子を見に行ったら、彼女は見事に爆睡していた。脱力すると同時に怒りがわいてしまい思わず乱暴に叩き起こしてしまったが、俺は悪くないと清光は思っている。
聞くところによると、審神者になる前は仕事の都合で長いこと夜起きて昼眠るという生活を送っていたらしい。そのため一昨日の夜はなかなか眠れなかったしそのせいで朝起きられなかったのだとか。朝は日の出と共に始まるのが常識と思っていた清光達からすれば信じられない生活リズムだ。
追いおい朝型の生活にしていくと言ってはいたが、きっと今日も放っておけば寝っぱなしに違いない。外からとはいえこれだけはっきりした声で呼び掛けても反応がないのだから、案の定まだ寝ているのだろう。
清光は意を決して襖に手を掛けた。女子(おなご)の私室に無断で立ち入ることは多少なりとも気が咎めるが、昨日も無断で入ったのだし今更だ。
すぱんっ、と軽快な音を立てて襖を開け放つ。
清光の予想通り、部屋の真ん中で布団に包まれ丸くなった己の主がくぅくぅと寝息を立てていた。傍らに膝をついた清光は、掛布団の上から肩を揺する。
「主、起きてってば! 前田が朝飯用意してるよ!」
強めに呼びかけてみるが、全く起きる気配はない。肩を掴む手を振り払うように寝返りをうって、それきりまた動かなくなってしまった。
仰向けになったせいで、向こうに隠れていたあるじの顔が晒された。起きている時からは想像できない、どこか幼さを残した無防備な寝顔。清光の心臓が一瞬大きく跳ねた。いけない、絆されてなるものか。
「も、もう日が昇りきってるよ! こんな時間まで寝てるとかありえないから!!」
思い切って、清光は掛布団をばさりと剥ぎ取った。これならいくら寝起きの悪いあるじでもさすがに起きるだろう。
……と思ったのだが。
「……さむ……」
身を包む布団を失い、あるじは身を震わせた。そして温もりを求めて伸ばした手が、あろうことか清光の腕をがしっと掴んだ。
「は……? って、うわぁ!!」
不意打ちで無造作に引っ張られては受身など取れるはずもない。清光は衝撃に備えてギュッと目をつぶった。
……顔から倒れ込んだ割にはあまり痛くない。
それどころか、何やら柔らかいような温かいような……?
「……!?」
恐る恐る目を開けると、己の主のどアップが飛び込んできた。
いつの間にか背中にはしっかりと両腕が巻き付いており、上半身が密着している。一歩間違えれば清光があるじを押し倒しているような状況だ。
まずい。
これはまずい。
清光は顔に熱が集まるのを感じた。なんだかよくわからないが、今の状況がよろしくないことだけはわかる。
混乱する清光のことなどお構いなしに、あるじの手がするりと背中を撫でた。ぞくりと全身が粟立ち、頭の中が真っ白になって――
「いっ……いい加減っ、にっ! 起きろぉぉぉ!!!」
清光の叫びが本丸に響き渡った。
***
ぷんすか怒る清光の前で正座させられた彼らの主は、たいそう不満そうだった。
前田がおろおろと二人の様子を見守っていると、清光は高らかに宣言した。
「これからは、俺が毎日アンタのこと叩き起こしに行くからな! 覚悟しろよ!!」
この日から、毎朝清光があるじの私室に通うことになるのだった。
***
「主ー、朝だぞー」
いつものように、清光が襖の向こうへと声を掛ける。
「はいよ、どうぞー」
少しくぐもった返事が返ってきた。清光は顔を綻ばせて襖を開けた。
「おはよう、主!」
布団を畳んでいるあるじは既に身支度を終えていた。
「おはよう清光。……どうしたのニヤニヤして?」
「いやあ、主もちゃんと起きてくれるようになったなって」
「……いつの話してるのさ。もう生活は朝型に直したでしょ?」
大げさに肩をすくめれば、彼の主はばつが悪そうに苦い顔をした。
「そういやもう自力で起きられるようになったのに、なんでまだ毎日起こしに来てくれんの?」
あるじが首を傾げると、清光は楽しそうに笑った。
「……だって、そうすればいつも俺が一番にあるじさんに『おはよう』って言ってもらえるだろ?」