直白融く
息を吐く度、空気が白く染まっていた。受け皿のように手のひらを差し出せば、空中を舞う白雪が乗る。
「真っ白だね」
聞こえた声に反応し、振り返った。
寒そうに羽織を着込んだあるじが縁側に立っている。片手には草履を持っていた。降りてくるつもりらしい。
「今日は一際綺麗に降り積もったよな」
鶴丸は改めて周りを見渡した。
庭は雪が覆いかぶさるように一面真っ白だった。元の形は分かれど、元の色を見ることはできない。
「うん、まあそうなんだけど」
ちょっと違うといった様子で、あるじは苦笑する。
釈然としないその言い方に鶴丸は首を捻った。肯定しつつも否定する返答の意味は何なのだろうか。
あるじは雪で埋まった石段の上に草履を置くと、そろりと足を降ろす。
「鶴含めて真っ白だなって」
さくりと雪を踏み、あるじは石段から降りた。そして草履が埋もれそうな雪の道を、ゆっくりと進んでいく。
「雪に紛れられるほど白いとは、奇妙な褒め方をするな、主」
雪を溶かすように鶴丸はからりと笑った。実際鶴丸は雪と同化してしまいそうなほど白い。肌から髪から衣装まで、真っ白だ。
「褒めてないよ」
雪に沈み込むようにあるじは静かに否定する。穏やかというよりは冷たいといった表現の合うその口調。だが、口角だけは上がっていた。
一歩一歩を踏みしめ、ようやくあるじは鶴丸の元に辿りつく。
「融けて消えそうだなって、思ったんだ」
鶴丸の衣服の裾を握り、顔を上げたあるじは確かに笑っていた。けれどその笑みは弱々しく、作ったようにぎこちない。裾を掴む手も小さく震えていた。
あるじが何を言いたいのか、気づくのにそう時間はかからなかった。
雪があるじの頬に落ち、一筋の跡を作る。泣いているみたいだ、泣かない少女を見てそう思った。そっと手を寄せると、親指で筋を拭ってやる。
「消えないさ、主を置いていくわけないだろ」
「うん」
こくりと頷いて、あるじは鶴丸の手に自らの手を重ねた。
お互いに冷えた手では暖かさなど感じられない。けれど温もりは確かにあって、あるじにとってはそれで充分だった。
「戻ろっか」
「ああ」
まだ固さはあるものの、あるじは小さく笑って鶴丸の手を引いた。鶴丸も穏やかな笑みを浮かべ、頷く。
季節が巡れば雪は跡形もなく消えるだろう。肌を濡らす雫は呆気なく色を変えていく。そのとき何も変わらない日常があればいい。
世界を覆う白に温もりを奪われないよう、あるじは手のひらに力を入れた。