神様は意地悪で仕方ない
運命とは簡単な言葉だけれど、とても複雑で奥深い。
例えばわたしが審神者の家系に生まれたのも、人間であることも運命だと言えばそれは運命だ。
人にはどれだけ願っても叶わない事柄というのが必ずあって、そういう時にわたしは運命という事象の絶対的なちからを感じる。
それでも光忠と出会ったのは運命なんかじゃないと、わたしが選んだのだとそう心の底からそう思う。
光忠を鍛刀した日。ゆっくりと目を開けた彼の蜂蜜色の瞳と視線が絡んだ瞬間、静電気でも起きたような、そんな感覚が体内を駆け巡った。
「ああ、わたしはこの人に恋をするのかもしれない」とどこか冷静なわたしの声が脳内で響いた。
光忠はわたしを審神者としてではなく、ひとりの女として慕ってくれた。慈しみ、愛してくれた。
優しさをもって紡がれた声が耳に届くだけでふわふわと心が浮わついて、大きな手で触れられれば自然と顔が綻んで、愛を囁かれればそれはもう世界でわたしだけが幸せなんじゃないかと錯覚をおこすくらいだった。彼のひと言ひと言を心で咀嚼するように胸に刻んだ。
ずっとふたり想い合い、幸せでいられる筈だった。
父がそんなわたしと光忠を許すことはなく、わたしたちは逃げた。
審神者として刀剣としての責務から、父から、この世の理から。
自分が使役していた刀剣たちに追われることになるとは思わなかった、とぼんやり考える。
どこかの山中の洞穴で身を寄せ合って、ふたり束の間の休息を取っていた。
「あるじ、大丈夫?疲れたよね、もう少し休んだら山を越えよう」
わたしを気遣う光忠の方がぼろぼろで、むしろわたしが気遣うべきところでこのひとは本当に優しい。
軽傷とはいえ、光忠をこのままにしておく訳にもいかないが鍛冶場などこんな山中にはない。
「光忠こそ、少し休んで。わたしは大丈夫だから」
ぐっと自分の肩に頭を凭れさせるように腕を回せば、それじゃあ少しだけと目を閉じた。
力が抜け体重がかかるのを感じながら、懐の短刀に思い馳せる。
きっともう長くは逃げられない。
逃げ切る前に光忠が壊れてしまう。
捕まれば、きっと殺される。
光忠が眠っている間に自害してしまおうか、なんて懐に手を掛けようとしたところを手をとられる。
「み、つただ」
「自害なんて許さないよ、僕と逃げるんだろう?ふたりで、逃げるんだろう?」
有無を言わせない目だった。腰を抱き寄せられ、反対の腕も背に回されすっかり閉じ込められてしまった。
「僕の我が儘だとは分かってるんだ、それでも僕と最期の時まで居てほしい」
抱き締められる腕の中で、どこか遠くないところで聞こえる多くの足音にこれも運命かと目を閉じた。