主の貞操を守り隊
審神者に魂を呼ばれ、現世に受肉し、眼を開いて、へし切長谷部は内心ひどく驚いた。
彼の生きた時代、戦国の世の主役は男たちだった。
前の主――織田信長も勿論男。下賜された黒田官兵衛も男。
そして、現在。
彼の新しい主となった審神者は――妙齢の女性だった。
「長谷部、一緒におやつを食べましょう」
「ありがたく頂戴いたします」
今日のおやつは主と燭台切光忠共作栗入りのお汁粉だ。
近侍を務めている長谷部と審神者がおやつを共にするのはもはや日課である。
小豆がたっぷりと入ったお汁粉を一口食べる。
短刀達に合わせているのかなんとも甘い仕上がりとなっている。
長谷部はいつものように「美味しいです」と審神者に感想を述べ、黙々と汁粉を食べながら審神者を覗い見る。
元々大きな神社の跡継ぎのため育ちが良いからか、それとも年の功だからなのかはわからないが、彼の主は綺麗に物を食べる。
黄金色の栗が主の桜色の唇に触れ、赤い舌にのせられ、彼女の小さい口の中へと消えていく。
ただ主は汁粉を食べているだけだというのに長谷部の心臓は早鐘を打つ。
人間の体というのはどうにも不便だと思いながら、長谷部は審神者が汁粉を食べ終わるのを待ち、夕方からのスケジュールを確認する。
「昨夜の出陣の報告書を政府へと報告し、明日の演練について第三部隊と打ち合わせの予定です」
淡々とスケジュールの確認を行いながら長谷部は暗い気持ちになる。
審神者と長谷部の戦略で演練には基本的に経験値を上げるために新入りを送り出すことにしている。
そして先日第三部隊に配置されたのは三日月宗近と鶴丸国永だ。
このじじい共がなかなかの曲者なのだ。
長谷部は何度この二人を切り捨てようと思ったことか。
女人の主を夜中まで酒の席に同席させるは、主に花付の文を送ってきたはいいものの内容は完全に恋文だは(いくつかは主に渡す前に長谷部が焼却処分をした)。
何より主を見るあのねっとりとした目が気に入らない。
主も彼らのわかりやすいアプローチに気づいてはいるのだが、
「こんなおばちゃんに気を遣って女性扱いしてくださってうれしいわ」
などとほざく。
主よ、やつらは本気です。
やつら、じじいぶってますが、現代の男どもとは違い、平安生まれの一夫多妻制当たり前の肉食男子どもですから。
だが彼の主は本気にしていない。
近侍の長谷部だけが知る話であるが、彼の主は生まれながら女性としての生殖機能がないらしい。
2205年の技術を持ってすれば、主の細胞からクローンを作りだし、子どもとして育てることは可能らしいが、それには莫大な費用と制約がつきまとうらしい。
一時期は同性婚も考えはしたらしいが、主は早い段階で結婚というものを諦め、実家の神社を継ぎ長いこと真面目に神職を務め上げた。
しかし跡継ぎのことを考え、実家の神社は弟夫婦に引き継ぎ、今こうして審神者となっている。
そうゆう経緯があり、彼の主はそもそもがお嬢様育ちで、学校を卒業して以来男性との恋愛方面での関わりがなかったため、男慣れしていない。
確かに主は若くはない。
主が言うように短刀達くらいの子どもがいてもおかしくない年齢だ。
それでも未婚で子供のいない主はまだまだ若々しく、十二分に恋愛対象となってもおかしくはない。
更に長年神職に務いていたため彼女の神気は実に瑞々しい。
しかも古今東西の男神が大好きな処女である。
いつ刀剣男士どもに襲われてもおかしくない。
前の主にさんざん苦労をかけさせられてきた長谷部であるが、女性の主というのもそれとは別に気苦労が絶えないものである。
思わず大きく溜息をつく。
「……長谷部。やはり昨日の夜戦はきつかったかしら。今日の演練の打ち合わせは長谷部はお休みする?」
「絶対に出ます!」
あの狼の群れの中に主一人を行かせてたまるか。
「というわけで、主の貞操を守るためにお前達に集まってもらった」
深夜、ある一室に加州清光、大和守安定、次郎太刀、堀川国広の四名を集め、へし切長谷部は四人を見渡しながら言う。
「っていうか何でこのメンバー?この時間?夜更かしして肌荒れしたらヤなんですけどぉ」
「そーよそーよ!夜更かしは美容の大敵なのよ!」
刀剣男士の中でも美意識の高い加州清光と次郎太刀から抗議の声が上がる。
「煩い。このメンバーに集まってもらったのは……他でもない。
主を襲う可能性が極めて低そうな者に集まってもらった」
堀川国広は刀剣男士内でも公認の兼さん厨、大和守国広は沖田総司厨、次郎太刀はオネエ。
そこで納得がいかないのは、巷ではへし切長谷部と並び主LOVE勢とも呼ばれる加州清光だ。
「待ってよ。俺、主にはお前に負けないくらい可愛がられてると思うんだけど?
ちょっと近侍務めてるからっていい気になってるんじゃない?」
長谷部と加州の間で火花が散り、今にも抜刀しそうな殺気と緊張感が室内に走る。
先に殺気を潜め、余裕の笑みを浮かべたのは長谷部であった。
「加州。お前は男としての性欲を満たすよりも、主には可愛い可愛いと褒められ着飾ってもらう方が好きなように見えるが?」
図星を指され加州清光はぐうの音も出ない。
寵愛を奪い合う仲だけに長谷部は加州清光のことはリサーチ済み。
ある意味長谷部は加州清光のことを高く評価しているのだ。正直気に入らないことは気に入らないが。
加州の方も長谷部のことは気に入らないが、主のことを守りたい気持ちは長谷部に負けないくらいに強い。
その後も不機嫌そうに頬を膨らませながらも長谷部の『主の貞操を守り隊作戦』に真剣に聞き入っている。
「ということで、今後よろしく頼む」
作戦会議終了後、律儀に主の貞操を守り隊メンバー達に頭を下げ、長谷部は足早に部屋を後にする。
残された四人のメンバー達は微妙な表情で顔を見合わせる。
「長谷部さん、かなり他の方々を警戒されていましたけど……」
「主と一番あーんなことやそーんなことになりそうなのって……長谷部ちゃんよねぇ」
最も主の身近な存在で、一日の大半の時間を共に過ごし、近侍の特権として主の隣室を与えられている。
長谷部の今日の話ぶりはあくまで主の貞操を守りたいという名目であったが、裏を返せば長谷部だって主を『そうゆう目』――恋愛対象として見ているのではないか。
「主とあの野郎がそうゆうことになっちまったら……どうしてやろうかなぁ」
「殺っちゃえばいいんじゃない?」
沖田総司の愛刀達はすでに臨戦態勢モードで目は完全に笑っていない。
主の貞操を守り隊VSその他刀剣男士たちVSへし切長谷部の戦いは静かに幕を開けたのだった。