捨てないでと喚いた子供
皮膚を裂く痛みが喉の奥を震えさせ、骨を断つ痛みが心を射抜いた。熱を伴った鈍痛に喘ぎながらも、決して離すまいと掌を貫通した刃をそのまま握り締めると研ぎ澄まされた刀身が更に肉を抉る。痛いと、思わない訳ではない。それでも髪を振り乱し呼吸を荒げ、瞳孔を開き刃を誰構わず向ける彼を放っては置けない。何が彼の箍を外してしまったのかも分からない私は、こうやって己の身を犠牲にすることでしか彼を止めることができないのだ。戦に出るように彼らと同じような動きやすい作りになっている衣服が、腕を伝う大量の血で赤黒く染まっている。
『…清光、』
名を呼べば、その肩が震えた。もう一度だけ名前を呼ぶと彼は力なくその場に崩れ、刀の柄から手を離しては茫然と私を見つめる。儚い、実に儚いものだ。あれほど戦場では鮮やかに敵を討つ彼はどこへ行ってしまったのだろうか、面影すら見当たらない程に今の彼は憔悴しきった顔をしているのだ。しゃがみ込みいつも通りにその頬を撫でてやろうと思えば掌を貫く刃が煩わしく思えた。手荒く抜き取ると、そこから更に血が溢れ出てすっかり血を含んで重くなった衣服からぽたぽたと一、二滴雫を作って地面に落ちた。
「ぁ、あ…っる、主、俺っごめ、ごめんなさい…!」
譫言のようにごめんなさいと繰り返す彼の名前を呼ぶ。やだ、ごめんなさい、お願いだから捨てないでとまるで子供みたいに泣きじゃくる彼を抱きしめた。動きがぎこちないのは利き手ではない所為だけれど、それに気づいた彼が更に顔をぐちゃぐちゃに歪める。きっともう、痛みさえも次第に麻痺し始めた利き手はろくに使えないだろう。だがそれで良い、それで構わない。酷く満たされている気分に、自分は今あるのだ。戦に立とうが彼らには及ばず足手纏いでしかならない自分は今こうして彼の役にたった。そんな利己的な私の醜い心情なんてもの露知らずに彼は一心に心配しているのだ。気分が良い。
『大丈夫だ、清光…私は』
何があってもお前を捨てたりしない。喜悦を押し殺したが故に無機質になった声で囁いた言葉でも、彼は顔を上げ、泣き顔をくしゃくしゃにしながらまだ自分を愛してくれるのかと微笑んだ。そんな姿が愛おしくない筈がないだろう。胸が圧し潰れてしまいそうなその甘い感情は、罪悪の呵責さえも超越してしまう代物だ。なあ清光、私はこんなにもお前を愛しているのだよ、そんな私がお前を捨てたりなんかするわけがないだろう?だからどうか、お前もこの愚か者を棄てないでおくれ。