Cabin in the woods
審神者という職業を選択したのは、時代を変えようだとか歴史を作ろうだとか、大層な理由があったからじゃない。
だって私、まだ女子高生だよ?17歳でさあ、そんな大げさなこと考えてるわけないじゃん。
本当なら大学に行って、キャンパスライフを楽しんで、サークルに合コン、たくさん友達を作ってエンジョイする予定だったんだよ?
それから適当な一般企業に就職して、金持ちのイケメンでもとっ捕まえて結婚しようかなーなんて、……さあ。
そんな私が何故、審神者なんてクソめんどくさい職業についたかだなんて、理由はひとつだ。
恋、恋愛、ラブ。これに限る。
つまり、つまりだ、私は恋をしてしまったのだ。それも、人間じゃあない。
相手はなんと刀。本当だよ、私、刀に恋しちゃったの……。ありえる?こんな結末。
もちろん刀といっても、博物館にあるような、あんな刀じゃない。
な、な、なーんと私が恋してしまったのはただの刀じゃなくて、人間に化ける刀なのだ。ほんとにびっくり!
刀剣男子と呼ばれているその刀たちは、審神者と呼ばれる者の下、色々戦ったりしている……らしい。
難しいことはよく分からないけれど、そのサニワ?とかいうのになれば彼と一緒にいられるんでしょ!
……という短絡的な考えで、私は夢と希望に満ち溢れたキャンパスライフを捨て、
女子高生にして審神者なんて、お堅い職業に就くことに決めたのだった……。
け!ど!
問題はその先だった。審神者になって彼と四六時中一緒になったものの、全く!恋愛対象として!見てもらえない!
なにこれー!こんなのってあり?審神者になったら、好きな刀剣男子といちゃいちゃできるんじゃなかったのー!?
「聞いてないよッ!こんなのッ!」
ダンッと机を叩くと、びちゃりと飲んでいた甘酒が机にこぼれた。
それを見た薬研くんがさっと布巾でそれを吹く。
「おいおい、随分と荒れてるな、大将。正月だからといってハメを外しすぎじゃねえのか?一応未成年なんだからよ、節度をわきまえねえと…」
「薬研くんに言われたくない……」
「俺は人間じゃねーから飲んでもいいんだよ」
いやそうじゃなくて、酒を飲むとかどうのこうのじゃなくて、あんたの話をしてんの!!
全ての元凶は目の前で涼しい顔して酒を飲んでるおまえ!薬研藤四郎!あんただから!!
唸りながらもマズイ甘酒をちびちび飲んでいると、薬研くんが「あーあ、明日は二日酔いだな」なんて呆れた表情で笑う。
そんな顔も格好いい。っていうか、薬研くんは何してもかっこいい……。
酔ってぼやけている視界でも、いつもの薬研くんのきらめきは消えなかった。
肌が白いからかな、障子から差し込む太陽が反射して、さらにキラキラ光ってる。
おかしいな。薬研くんのこと、忘れたくてやけ酒してたはずなんだけど。
やけ酒っていうかこれ甘酒だけど。子どもでも飲める用の、アルコール度数とか、1%くらいしかないやつだけど。
でも、飲んでるうちになんだか酔ってる気がしちゃって、頭とかぼーっとしちゃって、思わず机に突っ伏した。
ゴンッなんて音がして、頭が机に激突する。痛くてリアルに涙が出た。
すると後ろから薬研くんが抱えるように私の体を支えてくれて、ゆっくりと起こされる。
そして私の顔を見てぎょっとしたらしい。慌てて言った。
「な、泣いてんのか?そんなに痛かったのかよ……」
「泣いてないもん………うっ、うう……」
「…泣いてるじゃねえか」
「泣いてないんだってばああぁ……うわあーーんっ!」
お酒を飲むと情緒不安定になるのかな、涙がぼろぼろと頬を滑り落ちて止まらない。
なんだかつらくて仕方なかった。なんで薬研くんに好きになってもらえないんだろう、私、そんなに魅力ないのかなって。
審神者になってから初めて薬研くんに会ったとき、彼は私のことを覚えてなんかいなかった。
会ってからすぐ告白したときだって、笑って、「審神者サマに俺なんかは勿体ねえよ」なんて冗談めかして言ってさあ、
私のこと、子ども扱いして、いつも大人な対応してくるんだもん……。
なんだよ!私だって女子高生やってる時は結構モテてたんだからな!
本当は薬研くんみたいなおっさん、私の守備範囲じゃないんだから……。
なんだかむかついて、薬研くんを叩いた。ばしばしばし、と何度も叩いていると、突然手首を掴まれてしまう。
……怒ったかな?恐る恐る薬研くんを見ると、彼は困ったような表情をしていた。
「…薬研くん?」
「大将、もう寝たほうがいい」
「え……?でもまだ、」
お昼だよ。って、続けようとしたけれど、それを遮るように薬研くんは言った。
「酒は飲んでも飲まれるなって言うだろ?大将、アンタ今、酒に飲まれてるぜ」
なんて返せばいいかわからなくて、言葉に詰まる。
すると薬研くんは立ち上がって、「床の準備をしてくるな」とだけ残して去ってしまった。
お酒に飲まれてるって、私が?アルコールたった1%の、あの酒で?
酔ってるように見えた?泣いたから?ねえ、薬研くん……。
問いただそうとしても、薬研くんはもういない。逃げるように消えてしまった。
まるで、私とこれ以上の進展を許さないかのように、消えてしまったのだ……。