寂しさのかけら
かしゃん、という高い音がして、思わず肩をすくめた。やってしまった。特段脆いと言われていたお猪口を一つ割ってしまった。大体、洗い場がこんなに使いにくいのが悪い。食洗機が配備されてないのが悪い。それに、
「だあーれも、いないんだもんなあ」
がらんとした本丸も悪い。
いよいよ物資不足が顕著となってきた頃、提案してきたのは薬研藤四郎だった。
「このまんまじゃ、ジリ貧だ。刀共は食うにゃ困んないが、大将はそうもいかないだろ?」
少年の成りをした彼が真顔でそう言うのだ、悲壮感は一入だ。つまり、この少年は、あたしの食い扶持に悩んで提案してくれたわけだ。無下にするわけにもいかない。
「でもなあ、金策くらいどうにかならないのかねー。俺、そういうの嫌いじゃないけど、面倒っていうか」
渋る様子を見せた清光は、ちらりとこちらを見てから言い淀んだ。
「でも、やっぱり主さんがひもじい思いをするのは、見ていられませんよ。ねえ、兼さん!?」
「お、俺に振るか!?」
黙りを決め込もうとでも思ったらしい和泉守は、堀川国広によってそうもいかなくなり、居心地の悪さに暫く顔をしかめていた。
「あんたはさあ……も少し酒量減らせばいいんじゃね?」
なるほど、苦境に立たされた和泉守は妥協案を出してきた。だが、しかし、
「それは、無理」
一蹴すると、誰もが黙り込む。そこは、少しくらい否定してくれてもいいところだろうに。
「ま、それはともかくとして。ゆくゆくはこっちにも影響してくるんだ、今のうちに対処しておいて、損はねえだろ。まあ、後は」
そこで一旦言葉を切った薬研が、こちらを見る。
「大将の一存、なんだが」
そうなるだろう、と思ってはいた。よくよく、状況を判断できる奴だ、と内心で舌を巻く。
正直、政府の言いなりになるのは癪に障る。審神者だか何だか知らないけど、勝手に決めて勝手に押し付けてきた奴の言いなりになんか、なってやりたくもなかった。けれど、今のあたしはそれだけで動いちゃいけないものを抱えている。
政府が定めたノルマを達成するごとに資材や金品等を支給する、というシステムは至極平易なものだ。それで凌げるのなら、それで助かるのなら、何にでもすがってやる。
「痛っ」
お猪口のかけらが指に刺さる。じわりと血がにじみ出た。当然だ。あいつらだって、今頃はこれよりも鋭い刃物と対峙しているはずだ。それに比べれば、このくらい耐えられる。
「何やってんの、主!?」
大きな声に驚いて、かけらを取り落とした。慌てて駆け寄ってきたのは、清光だった。あたしの手を取って、まじまじと指先を眺める。
「ちょっと、血ィ出てんじゃん!? 何したら、こうなるんだよ!?」
「何したらって……」
言いかけて、止める。あたしの目の前にいる清光が、今にも泣き出しそうな顔をしていたからだ。こんな時、泣き言なんてこいつに聞かせてられない。
「馬鹿じゃん!? あんたたちがいないから、あたしがこんな雑用してるわけ! 早く帰ってこないから、怪我しちゃったじゃん!」
これはこれで、あまり良い台詞ではなかったが、清光は唖然とするだけで何を言うでもなかった。
「ていうか……あたしより、あんたの方が重傷でしょーが。何慌ててんの」
腕や頬に切り傷を作って、ボロボロになっている。彼の頬を撫でると、何が触ったのか清光は肩を震わせた。
「ごめん……」
「謝るより先、手入れしないとさ」
ぽん、と清光の頭を叩いてから立ち上がる。
「手入れ……してくれんの? 捨てたりしないわけ? こんな、ボロボロなのに?」
畳み掛けるようなその台詞が気に食わない。
「あたしのために尽くしてくれるよーな奴、見捨てて行くほど薄情な奴に見えるわけ? 黙って付いてきな、清光!」
言わなくてもいい本音まで吐露してしまい、あたしは急いで踵を返してずんずんと歩き出す。清光がこんなんじゃ、他の奴らだってボロボロのはずだ。そいつらの手入れをしてやらないと、というのが建前。
本音を言うと、寂しかったなんて言葉をこいつの前で吐いてしまわないように、これ以上こいつの顔を見ていられなかったからだ。
後から、とんとんと響いてくる足音に、自分でも気づかないうちに安堵してしまっていた。