悪戯な君の指先
日は既にとっぷりと暮れていた。短剣の子たちは既に就寝済み、出陣や遠征で疲労の溜まった刀剣たちもそれぞれの部屋で休んでいる頃だろう。
・・・ただ、そんな中でも戦場に駆り出されて気分が高揚したらしい一部の刀剣たちは庭で酒を飲みながら語らい合っているようだった。特に陸奥守さんの土佐弁は、私の自室にまでよく響いて来る。
「・・・本当によく喋りますね、彼は。迷惑でしたら注意してきましょうか」
同じようなことを考えていたのだろうか、私が書き物をしているすぐ傍で、書類に不備がないか眼を通してくれていた長谷部さんが呆れた声でそう呟いた。
「・・・ふふ、大丈夫です。お酒が入るとますます賑やかですね」
「賑やかすぎるのも困りものですよ。まとめる方の身にもなって頂きたい」
はぁ、と軽く溜息を吐く長谷部さんも、今日も一日中働きづめだったのに、今もまだこうして私の業務に付き合ってくれているのだ。彼の忠誠心に感謝しつつ、申し訳なく思ってそっと提案してみる。
「あの・・・長谷部さんも、交じって来られたらいかがですか?私の方もあと少しで終わりますし、もう休んで下さって大丈夫ですよ」
「ご冗談を。彼らに交じるくらいなら、自室に戻ります。・・・それにね」
「・・・?」
長谷部さんからの視線を感じて、ふと彼に視線を向けると。彼はこちらを見てほんの少し口元を綻ばせた。
「俺は好きでここにいるんですよ」
「・・・!も、もう・・・!からかわないで下さい」
ニヒルな笑みに思わず惑わされそうになって、慌てて顔を逸らす。長谷部さんは、他人に対してはどこまでも厳しい人なのに、どうしてか私と2人きりになるとこうして時折心臓に悪い言葉を口にする。・・・それをうまく躱す術を、私はまだ身につけられずにいた。
「俺がつまらない冗談を言うとでも?」
「・・・」
「主」
「・・・なんですか」
「手が止まってますよ。主こそ彼らに交じって、少し休憩されてはどうです?」
痛いところを指摘されて、ふぅと身体の力を抜く。何もかも、長谷部さんにはお見通しのようだ。柱に凭れかかりながら、庭に向かって座る彼にそっと近づいた。
「・・・どうかされましたか?」
「・・・私も、・・・その、」
私の接近に気付きながらも、手元の巻物から眼を離さない彼はどことなく面白がっている様子だ。・・・こういうところ、悪趣味なんだよなぁ、と思いながらも。彼の隣にそっと腰を下ろす。視界の隅に、ちらちらと酒盛りを楽しむ刀剣たちの姿が映るのを気にしながらも、ゆっくりと口を開いた。
「私も・・・長谷部さんの隣にいる方が、いいです」
「・・・そうですか」
くるくると手際よく巻物を丸めた彼は、それをことりと障子に立てかけた。
「主命とあらば、いつまでも傍におりますよ」
「・・・主命でなければ、いてくれないんですか?」
そっと頬に触れてくる彼の手つきはとても優しかったけれど。あくまでも従者としての姿勢を崩さない彼に物足りなさを感じて、小さくそう尋ねた。
「・・・はは、ずいぶんと可愛らしい台詞を口にされる」
「・・・は、はぐらかさないで下さい・・・」
何が面白かったのか、クツクツと小さく笑う彼に思わず頬を膨らます。・・・人がせっかく勇気を出してみたというのに。
「いいんですか、本音を言っても」
「・・・」
「俺は、手加減は一切できませんよ?」
「・・・構いません」
いつもより、2トーン程低い声。私を見つめるその視線に応えるように、私も負けじと見つめ返す。・・・あぁ、なんだろう。この胸の高鳴りは。心臓を鷲掴みにされているような、そんな感覚が全身を駆け巡る。
「・・・ならば、一つ頼み事をしてもよろしいでしょうか」
「・・・どうぞ」
小さくそう呟いてきゅっと唇を引き結ぶと、長谷部さんの大きな手が優しく私の輪郭をなぞって。・・・そのまま、唇に親指が這わされた。じ、と私の眼を見つめたままゆっくりとその指が唇を辿るにつれ、長谷部さんとの距離が縮まって。私がこくり、と喉を鳴らすと同時に彼がそっと口を開いた。
「・・・接吻をしても、よろしいですか」
少し離れたところで、どっと誰かの笑い声が響いた。・・・あぁ、いつ、どこで、誰に見られていてもおかしくはないのに。熱に浮かされた私は、私を求める熱い視線から逃げられるはずもなく。
こくり、と頷くと同時に。
温かい感触が唇に降って来るのを、眼を閉じて受け入れた。
悪戯な君の指先
題名:瑠璃様よりお借り致しました。