真珠などよりも愛おしい
審神者の主は、よく本を読む。お気に入りの定位置は縁側らしい。
縁側に敷いた座布団に腰を落ち着け、脚はぶらぶらと揺らすのだ。
自分は専ら畳に正座し、部屋から見える主の背中をぼうっと見ているのが、最早日課になりつつある。
それなりに信頼されているらしく、第一部隊の長を任せられる事も少なくは無い。ただ、その信頼の度合いも、黄金色の眩しい武具を身に付けた打刀の彼程ではないのだが。いや、はや。あの全幅の信頼。最早嫉妬してしまうな。
先日の主は、常に一所に留まらずせかせかと歩き回っていた。長期間遠征に向かわせていた部隊が帰ってきたからだ。
たまに自分や、他の第一部隊の者たちが遠征に行く事もあるが、帰還した時は常に馳走をたんまりと用意した主が笑顔で迎えてくれる。かの日も変わりなく、彼女は帰還した遠征隊を労い、気合を入れて風呂を沸かし(実の所、薪をくべて火を起こし、常に見張りの必要な釜の風呂では無く、全自動の素晴らしい文明の利器、バスルームなるものをしっかりと完備しているのではあるがね)、額に汗を浮かべながら、それでも笑顔を忘れない。
なんとまあ、働き者の娘よ。既に経験済みの身ではあるが、あれだけ手厚く持成される同朋が羨ましい。
次郎太刀が晩酌をする。よく同席するのだが、珍しく主も席に着いていた時があった。
次郎太刀は(自称だが)女心というものを理解しているらしく、よく主が話し込んでいるのを見掛ける事があったので、この晩酌に二人が酒を酌み交わしているのは何の不思議も無い事。
ただ、主よ。次郎太刀は、我らと同じく同性の、男。何が起きてもおかしくはないのだぞ。……言った所で何かが起こるわけでもないと理解しているが、まあ、自分は爺だが老婆心というやつだろう。お節介の言葉の一つや二つ掛けた所で、文句を言われる事も無いだろう。
まあ、まあ、この爺にも色事を匂わせてくれ。折角こうも、若い見てくれなのだから。
飾られるのは好きだ。繊細な細工が施された鎧も、器用に編み込まれたこの頭飾りも。
だからこそ、この時代の装飾品に目がいってしまう。
主は耳飾りをしていた。自分が知る時代の、粗削りなものでは無く。どこから光が入っても必ず反射し、きらりと光る石だった。
残念ながら自分の耳に穴は無いのだが、それを伝えると、穴を空けずともよい耳飾りがあると教えてくれた。もう付けないものだからと言われ、小さな宝石入れから取り出された”イヤリング”というのを、実際に付けて頂いた。
耳に触れた主の指先が冷えていて少し肩が跳ねてしまったのを、主は見逃さなかった。眉を下げてすみません、と言ったが、あれはきっと、面白がっている顔だった。うむ、俺にも分かるぞ。
「そんなにも俺の反応が愉快だったか」
「え、はい。あまり物事に動じない方だと思いましたから、少し意外で」
「そうかそうか」
袖の下で自分の指先の温度を確認し、冬場故の冷たさにしめたと悪戯心に火が付いた。
かつてない程の近い距離で自分の耳たぶに触れる主の、その首元にそっと指先を当てる。これはきっと、面白いことになるぞ。
案の定主は肩を跳ね上げ、小さく悲鳴を上げて畳に転がった。
いやなに、精々悲鳴を上げる程度だと思っていたのだが、これはこれは。
尻餅をつき、そのままごろりと背中を畳に付けて転がった主は、自分で自分の顛末に驚いたらしい。勿論俺を睨む事は忘れなかったが、それでもしばらくは目を瞬かせていた。
「すまんすまん、そこまで驚くとは思わなんだ」
「本当にそう思っていますか!?」
「さあ、どうだろうなあ」
手を貸して起き上がらせた主は、恐らく情けない醜態を晒したとでも思って顔を赤らめているのであろうが。自分からしてみれば、その醜態こそ愛らしい。実に良いものが見れた。いつもなにかと隙を見せない主の、その若々しい年相応の女子の顔をようやく拝む事が出来たのだ。これが喜ばずにいられるか。否よ。
「な、なにをいつまでも笑っているんです!」
「ははは、いやいや、主殿、これが笑わずにいられるか。今、俺は可笑しくて笑っているのではないのだぞ?」
「はい?え…はい?」
「ふふ、主殿が実に愛らしくてな。初めて素面を見せてくれた事が嬉しくて嬉しくて、かなわん」
そう伝えた彼女の顔の、これまたなんともかわいいことか。
胸に抱き、頬を擦り合わせ、頭を只管に撫で続けたい。これでもか、これでもかと撫でて、愛でて―――嗚呼、これではどちらが主なのかが、まこと、わからんな。