望む光
堀川くんが出陣から帰ってきてから様子がおかしい。
部屋にこもったままいくら呼んでも出てこないのだ。
同室の他の脇差3人も部屋の隅で布団をかぶったまま出てこない彼に気を使って部屋を後にする有様である。
普段世話焼きで気を回しすぎる彼だからこそ周りも相当気を使っていて本丸全体が静かになった。
「困ったものだよ、遠征から帰ってきて部屋でゆっくりしようとした矢先に骨喰と鯰尾に部屋に行くなと言われてね」
にっかりさんはそういって肩をすくめて縁側に座った。部屋に戻れるようになるまでここで時間を潰すというのか。
「本当なら主である私がどうにかしなければならないんですけど、どうしたらいいかわからなくて…」
「そんなに弱気になってどうする?僕たちの主は今君なんだ。どうにかしろとは言わないがもっと自信を持っておくれ、主殿?」
にっかりさんはそう言って私の肩を力強く叩いた。
ほら笑って、と笑うにっかりさんにありがとう、と笑顔を返す。
審神者となって刀たちの力を借り始めてまだひと月も経っていない。彼らのことを深く知ろうとすればするほど中には前の主を強く想っている刀だっていて。
そこに配慮しつつ彼らとわかりあうにはどうしていけばいいのか、まだ私にはわからない。
「あ、」
「ん?」
廊下を歩いていると不意に大きな影が私を覆い尽す。顔をあげれば、今回の出陣の部隊長の姿が。
「兼定さん。出陣お疲れ様でした」
「おう。…辛気臭ェ顔してなにしてんだ?」
彼は身長差のためかわざわざ私と話すときは身をかがめて目線を合わせて話してくれる。
彼なら知っているだろうか、堀川くんのことを。
「あの、兼定さん」
「?なんだよ」
「堀川くんが、帰ってきてから部屋から出てこなくて…落ち込んでるみたいなんですけど…、」
なにか知っていますか?と問う前に彼の顔もまた、凍りついていた。
驚いて言葉を切った私に気づいたのか、慌てて平静を装ったが、結局苦々しい表情を作り上げた。
「…まあ、アンタは知ってもいいか」
「……?」
そう呟いて近くにある柱にもたれかかって遠くを見つめた彼の長い髪がさらりと流れる。
思わずその姿に見とれていると少ししてから彼が口を開いた。
「今日、函館に行っただろ?」
「…はい、新しく来た蛍丸くんに慣れてもらおうと思って、」
そのためになんやかんや一番気配りができる兼定さんを部隊長にしたのだ。
その考えはいいんだ、と憂い顔で言う兼定さん。
「…函館は俺とアイツの前の持ち主の没地だ」
「……!!」
土方歳三。新選組副長として最期まで誠を貫き、蝦夷地で命を落とした人。
「今日行ったところがな、丁度戦中だった。…それで見ちまったんだ」
――あの人が流れ弾に当たって倒れたところを
「………っ、」
「アイツが止めに行かなかっただけでも褒めてやってくれ
…ま、ほっときゃそのうち出てくるだろうよ」
まだひと月も一緒にいない私より前の主を想うのは当たり前、その死を再び目の当たりにすれば堀川くんのようにもなる。
私の配慮が足りなかった。そして、
「まあ、アンタも気に病むことはないさ。アンタにはアンタの使命があるんだ、」
「兼定さんは」
「?」
「兼定さん、は、その、」
大丈夫ですか、とは言えない。
言ってしまえば私は私の使命を果たせなくなるだろう。
――刀は道具にすぎない。どうして刀に感情を移入させる?お前はお前の役目を果たせ。
そう言ったのは誰だったであろうか。
それでも彼らに心を与えもう一度蘇らせたのは私だ。私が彼らを呼ばなければ、もう哀しむことはなかったはずなのに。
「…………」
言いよどむ私を見つめて盛大にため息をついた兼定さんが頭をがしがしと掻く。きれいな髪が四方に揺れる。
「あー…まあ確かにオレだってあの人の死に際をもう一度見る羽目になって堪えるもんもあった」
「………」
その言葉にさらに罪悪感に苛まれる。それを悟られたくなくて視線は揺れる髪の毛を追いかける。その先には兼定さんの顔があって、いつもかがんでくれるけど、立ったままだとこんなにも遠いのだと知った。
「だけどよお、ここにいる奴らだってもう一度人の世に降りてきて悪いことばかりじゃなかったはずだろ?会うことはなかったはずの時代の刀にも会えた、新しく知らなかった楽しみを見つけた…、
…それもどれも、アンタのおかげのようなもんだろ?」
まさかそんなことを言われるとは思わなくて、目尻に溜まる涙を見られまいと頭に置かれた大きな手のひらの重みに従って下を向く。
「罪悪感持ってるだけじゃなんも変わんねえんだ、アンタはしっかり前向いててくれよ、大将」
まあ、今だけはしっかり泣いてくれ。と、肩を引き寄せられて庭を横切った短刀達に見えないようにその大きな影で隠してくれた。
ありがとう、と届くか届かないか程度の声で言えば肩に回された腕がぽんぽん、とあやすように動かされる。
「…ありがとう、兼定さん」
もう大丈夫、とにっかりさん譲りの笑顔を見せれば普段の意地悪そうな顔でこれで借しが一つだな、と笑われた。
とりあえずあのバカに喝入れてきてやるわ、と言いつつ結局慰めにでも行くのであろう彼の背中を見送りながら肩に残る温もりを名残惜しんだ。