メビウスの輪
政府から歴史修正主義者を討伐するために審神者に命じられ、刀剣に命を吹き込み、過去へと送り出す日々が始まった。
「たっだいまー。遠征つーかーれーたー」
「わー。こんなにたくさん資材が」
「持って帰るの大変だったんだからなー。爪紅も剥げるしぃ。だから後で爪紅塗って?ね?」
今日の遠征部隊の部隊長は加州清光だ。
私が最初に命を吹き込んだ刀剣は第一部隊の隊長として刀剣達を率いてくれてる。
「主。畑当番終わりましたよ」
「たっくさん獲れたぜよー」
短剣、脇差、打刀、太刀、大太刀、薙刀に槍。
日に日に彼らの数は増え、本丸は賑やかになっていく。
歴史修正主義者との戦いは容易には勝利することはできないが、それでも彼らは鍛えられ、強くなっていく。
きっと私と彼らは歴史修正主義者との戦いに勝利し、歴史は正しい形に守られる。
守られるはずだった。
歯車が壊れ始めたのはいつ、誰の時であったか――。
こんなこともあった。
その日、私は新しい刀剣に命を吹き込んだ。
「みんな、新しい仲間だよ」
「げえっ。お前かよ」
新しい刀剣が口を開く前に、声を上げたのは私の可愛い部隊長だった。
顔を歪める清光に新しい仲間――大和守安定はにこりと微笑む。
「それはこちらの台詞だよ、子猫ちゃん」
彼らはすでに顔見知りであるようであった。
後に加州清光と大和守安定を鳥羽へと出陣させた時の会話から彼らがかの沖田総司の愛刀であったことを知った。
清光は前の主のことを私の前では話さなかった。
だけど大和守安定は素直に沖田総司のことを恋しがった。
そんな大和守安定に清光は苛立つことも多く、それでも素直に前の主のことを口に出せる大和守安定のことをどこか羨ましく思っているようだった。
全く似ていないようでいて、とてもよく似ている二人。
私は二人のことを可愛がっていたから。
だから、そんな二人が堕ちた時は、とても、悲しかった。
「ねえ。主。君は本当に今の歴史が正しいと思うの?」
そう問いかけてきた大和守安定の瞳は本来の青色から赤色へと変わっていた。
「僕はそう思わない。沖田君が生き残る歴史があってもいいじゃない?
今の歴史が間違っているとは思わない。だけど……沖田君が生き残る歴史だって、きっと、……間違ってはいないよ」
清らかだった魂は汚れ、朽ち果て、過去の歴史の狭間へと――堕ちた。
その時に気づいてしまった。
歴史修正主義者が何たるか。
審神者に与えられた運命が何たるか。
「ふふふ。あはははははははは」
思わず笑い声を上げた私の肩を、清光の白い手が掴む。
「主……大丈夫?」
「大丈夫よ、清光」
でも、あなたは大丈夫じゃないはずよ。
清光の震える手にそっと自分の手を重ねた。
それから一月もせぬうちに清光も――過去へと堕ちた。
大和守安定と同じ疑問を口にして。
「龍馬は死ぬはずの男じゃなかった」
「主はひょっとしたら死ななくてすむんです!」
「僕らきっとやり直せる……」
「しゅじんをたすけられるかもしれないんだ」
彼らが裏切るたびに歴史が歪んでいく。
その歴史を修正するために刀剣を過去へと送り出す。
何度刀剣を過去へと送っても、裏切らない子はいる。
だけれど、絶対に堕ちる者は現れる。
歴史が分岐する。
だから私は今日も刀剣に命を吹き込む。
「俺、加州清光。川の下の子、河原の子ってね。」
「はじめまして。加州清光」
目の前の彼に微笑むかけながら、頭の中ではこの『加州清光』が何人目だったか考える。
どちらにしろ覚悟は決めている。
目の前の彼が私を過去、現在、未来で裏切ろうと、裏切るまいと。
私は『彼ら』と戦い続ける。
歴史を正しい形に導くために。
例え私の信じる歴史が間違っていたとしても――。