「新しい入居者?」
「うん。金嗣くんの隣室が空いていただろう? 何でも明日から竜馬学園に通うみたいなんだけど、親が急に仕事で海外に行くことになったらしい。でも海外にはどうしても行きたくないらしくて、一緒に行くことは却下。その上あの学園には寮がない。そして家も近くにはない。さあ、金嗣くんはどうする?」
「普通に考えて一人暮らしをしますね」
「そう、そうなんだけどね…。一人暮らしは家事全面が破滅的に出来ないらしいからそれも却下。…ということで近くて完全に一人暮らしでもないここにしたみたいだよ。ここは家事は交代制だから入居希望者には違うことして貰えばいいしね。例えば僕のために買出しに行って来るとか」
「それ完全に私用ですよね、ていうかパシリですよね」

 正常さんは冗談だよ、と微笑むが、俺の経験上完全に冗談ではない筈だ。何度パシられたことか……。正常さんの迫力に負けて従った自分も情けなくて仕方ない。新しい入居者には悪いが、これでターゲットが移れば俺は平和になる。

「それにしても竜馬学園って、頭がいい…」
「ああ、推薦入学だそうだ。しかも理事長直々の」
「西冶さんが?」

 元塚西冶さん、竜馬学園の理事長。歳を感じさせない、フェロモン駄々漏れのダンディな美形だ。漆黒の髪が後ろに程よく流され、思わず見惚れてしまう。そして西冶さんは有名なドールというブランドの洋服店の社長だ。
 ――ドール。それは世界でも通じるブランドで、知らない人はいないほどの大きな会社である。西冶さんは実は俺が行き倒れそうになった時、助けてくれた命の恩人だ。
 俺の家は裕福ではなく、兄弟も多かった。それでも汗水働いてくれた両親のお陰でなんとかやっていけた。しかし両親は不慮の事故で俺が十三の時故人となり、中学は何とか通えたものの、長男として高校には行かずにアルバイトなどで兄弟を養ってきた。しかしそれにも限界がある。少し歳離れた育ち盛りの弟や妹たち。どんなに稼いでも僅か一週間足らずで金は底を尽きる。俺とそう年が変わらない弟二人も働いてくれたが、それでも然り。そんな辛い日々は長く続いて、とうとう俺は倒れてしまったのだ。雪の降る寒い日だった。寝不足の体に鞭打って郵便配達のアルバイトに行ったとき、体が悲鳴を上げたのか、近道をしようと通った裏道で意識を失ったのだ。そこを偶然通りかかった西冶さんに救われたというわけだ。西治さんがここで通らなかったら俺は死んでいただろう。