「俺は…」

 寮にいると言って、さっさとここを去ろう。そう思ってドアの方に足を踏み出した時だった。

「おい」

 ぎくりと体が硬直する。後ろから聞こえた声は怒りを含んでいた。

『淳ちゃん?』
「誰と話してんだ」
『……誰かいんの?』

 やばい。慌てて否定しようとしたら、耳に当てていた携帯をすっと引き抜かれた。言わずもがな、奴の仕業だ。

「てめっ…なにす――」

 振り返って奪え返すが、通話が切られているどころか、電源が落ちていた。口を引き攣らせてクソ会長を睨むが、どこ吹く風。仕方なくポケットに携帯を押し込めた。
 あれ、ちょっと待て。

「…いつ、起きたんだよ」
「起きたっつか、そもそも寝てねーよ」

 ふ、と鼻で笑うクソ会長。……寝ていない? ということは。さあっと血の気が引いて行く。俺の先程の行動は――。
 俺の顔色を見て奴はあくどい笑みを浮かべた。

「寝ていると思っていた俺に何をするつもりだったんだ、テメェは?」
「……っ」

 言葉が喉につっかえて出てこない。一歩後退すれば、クソ会長が近づく。じりじりと追い込まれて、最後には壁と背中がくっついた。奴は壁に両手を付いた。俺はその両手に挟まれ、顔が引き攣る。

「な、んのつもりだよ」
「……お前は、俺のことが好きなんだろ」

 息が止まる。クソ会長は笑みを顰め面に変え、舌打ちした。「それなのに恋人ができただって? ふざけんじゃねえよ」

「……ふ、ふざけてんのはテメェだろ! 俺はテメェなんか好きじゃねえ!」
「ああ?」
「大体、テメェは翔太が好きなんだろ! 俺が誰と付き合おうが関係ねえはずだ!」

 クソ会長は一瞬目を見開くと、すっと細めた。そして呆れたように俺を見て、鼻で笑う。

「……そうだな。俺は翔太が好きだ。どっかの誰かと違って可愛いんでな」

 冷めた声だった。クソ会長は体を離し、横を通り過ぎる。

「もういい、勝手にしろ」

 がチャッと音がした。再び音が鳴って、奴が出て行ったのだと知る。俺はそこに座り込んで、顔を覆った。