「へ、へえ。そうなんだ…」

 翔太はなんだか苦しそうだった。お前は俺のことなんて気にせず、あのクソ会長と付き合うでもなんでもしたらいい。俺は可能性ゼロだし、日向を放っておくことができないから…。そう思っているのに、お前にそんな顔をさせたくないのに、なんで。

「淳也…ごめん」
「どうして謝るんだよ? おかしな奴だな」

 俺は笑った。翔太はなにも言わなかった。
 空気が重くなってしまい、どうしようかと思っていたとき、携帯が震えだした。また副会長かと思っていたら。芳名だった。……やべえ、忘れてた。顔を引き攣らせ、翔太に電話がかかってきたことを伝え、部屋に行く。部屋に行く理由ができたのは良かったが、…電話出たくねえな。芳名、あいつ怒ると結構怖いんだよ。
 翔太の視線を感じながら部屋に入り、ベッドに腰掛けて溜息を吐く。しぶしぶボタンを押せば、もしもしの一言もなく告げられた。

『それでは説明していただきましょうか』
「……あれはガセネタだ。気にすんな」
『実際に見たという子もいるようですが?』
「み、見間違えたんじゃねえの」
『あ? なんだって?』

 人が変わったようにドスの利いた声を出す芳名になにも言い返すことができない。芳名はあれが本当のことだということを知っているんだろう。俺が何を言っても無駄のような気がした。

「……分かった、認めたくはないが、認める。だがこれは本当だ。あれはクソ会長の気まぐれで、なんも関係ねえよ」
『そうでしょうか? 会長が、中村様を好きだという可能性は』
「あるわけねえだろ。気色悪いこと言うな」

 芳名は黙る。電話口だから、どんな表情をしているか分からないが、それもそうかとでも思っているんだろう。やがて芳名は、そうですか。と一言口にした。

『…それで、戸叶様と付き合うことになったというのは本当でしょうか?』
「え」
『戸叶様から聞いたのですが』

 あいつ何言ってんだよ! 慌てて否定しようとして、脳裏に翔太と、クソ会長と、日向の顔が浮かんだ。翔太にはクソ会長がいて、日向には俺だけ……。
 俺はふ、と笑った。

「……ああ、そうだよ」

 結局俺は、逃げたのだ。