赤音がどうしてもと言えば断っても大丈夫な筈だ。だって、先に約束していたのは彼の方だ。優先順位なんて考えることなく赤音だ。
 しかし。

『あ? いーよ、俺は。急ぎの用じゃないんだ、ホント』
「い、いや、でも…」
『俺よりもその…安田? ってやつを優先してやってくれ。急がないとやばいんだろ?』
「う、うん…らしい、けど」
『うん。俺の所為でなんかヤバくなったら嫌だし。じゃあ、そういうことで。またな』

 赤音にこう言われたら、どうしようもない。僕はがっくりと諦めて四限目を受けたのだった。
 そして。今、僕は、問題の――安田くんの家の前にいる。普通の一軒家だ。庭には色々な花が咲いている。あの安田くんのイメージとはかけ離れている。僕は真っ赤に塗られた郵便受けを見て、ハッと気がつく。先生は直接渡せなんて言っていない。ということは、郵便受けに入れて帰ればいいだけじゃないか!
 途端にテンションが上がった僕は、郵便受けに封筒を――。

「あら? どなた?」

 入れようと、した。
 しかし突然背中から掛けられた声にびくっと体が跳ねる。別に、やましい気持ちなんてないのだから堂々としていいのだけど、僕はあわわとしながら後ろを振り向く。
 軽くウェーブのかかった茶髪の女性が、不思議そうに僕を見ていた。

「え、あ、あの」
「もしかして、涼くんのお友達?」
「え――あ、そ、そうです」

 涼くん? 一瞬誰だと思ったけど、もしかしたら安田くんの下の名前は涼とか涼一とかそんな感じの名前なのかもしれない。他に兄弟がいる可能性もあるけど。
 というか、やばい。思わず肯定してしまった。僕の返答に安田くんのお母さんだと思われるその人は顔を輝かせる。少し皺のできるその顔が可愛らしいので、余計に僕の心に突き刺さった。

「あら、そうなの! 涼くんは中にいるの。よかったら上がって行って」
「い、いえ! 僕は、えっと、プリントを」
「涼くーん!」

 おばさん人の話聞いて! 僕の言葉をさらっと無視してドアを開けたおばさんに青ざめた。これで彼が出てこなかったら良かったのだけど。スウェット姿でのそのそと出てきたその人物は、紛れもなく安田くんだった。

「なんだよ、うるさいな……って、あ?」
「涼くん、お友達よ! お友達」
「耳元で叫ぶなって! …で、何してんの? 池鶴」

 僕は驚きで声が出なかった。安田くん、僕の名前知っていたんだ……。